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週刊 横濱80’s

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2013年 01月 27日

中消防署 日本大通出張所

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*大桟橋通り側の表玄関


むかしむかしのそのまたむかし、というほど昔のことではありませんが、80年代には現在は横浜情報文化センターのビルがあるブロックの大桟橋通り側、住所で言うと日本大通13丁目の現在は駐車場になっている一角に、中消防署日本大通出張所という看板を掲げた全体がくすんだ黄土色のタイルに覆われた2階建ての建物が街路樹に隠れるようにしてひっそりとたたずんでいました。

現在この消防署は、本町通り沿いの山下町72に移転して中消防署山下町出張所と名称を変更しましたが、元を辿るとその前身は、この辺りがまだ外国人居留地だった時代の居留地消防隊薩摩町消防屯所がこの場所に置かれたことに端を発し、その後、日本で初めて消防車や救急車を配備し、消防隊員は金属製の防火ヘルメットを着用して消火にあたるという、現代の消防隊のハシリのような存在で、その当時の様子を写した写真が山下町出張所のガレージのシャッターにラッピングされています。

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↑ガランとした1階ガレージ。

よく見ると、写真左に滑り棒が3本見えますが、丸めたホースが引っ掛けられていることから、滑り棒は用済みとなっていたものと思われます。

私などは、火災の通報が入電したら署の2階に待機していた消防隊員が一斉に滑り棒に飛びついて階下のガレージに滑り降りて消防車に飛び乗って出動する、というステレオタイプ的イメージがあるのですが、実際の使用に際しては、滑り棒を掴み損ねて1階に転落したり、下にいる人と衝突したりということがままあったそうで、さらに極めつけは、滑り棒を使った場合と階段で一斉に駆け下りた時とで所要時間を比べてみると、階段を駆け下りる方が早かったり、ということで、日本のみならず世界中の消防署で滑り棒は使用されなくなったとか(TVドラマのサード・ウォッチでもそのようなセリフを聞いたことがあるような無いような・・・・・・)。

私の記憶に間違えがなければ近年、新築された消防署には、初めから滑り棒が設置されていなかったかと・・・・・・。

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↑撮影時に一台だけポツンと駐められていた、ボンネット型の消防車。

このころすでに消防車は、現在のようなキャブオーバー型だったはずなので、これは予備車かなにかだと思います・・・・・・たぶん。

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↑は建物南側(三井物産Bのある方・・・・・・だったと思います)の通用口。

写真にも写っていますが、この建物は、鉄パイプを通した1m間隔で高さ50cmくらいの石柱にグルリと囲まれていました。

一説によると、立ちション避けなんだとか・・・・・・???

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*写真はすべて1981年撮影(この消火栓は旧加賀町署のものです)


上の写真は建物の壁にはめ込まれていた、いかにも年代物の銅板プレートなのですが私には「栓」しか読めません(笑)

でも横浜市の菱形マークの中に「W」が入っていますし、この建物の跡地の地下から貯水槽が見つかっているので、昭和初期当時の横浜市水道局のマークなのでしょうか?

それはともかく、この消防署と同じブロックにあった商工奨励館と旧電電公社電話局をあのような上手い方法で保存する一方で、消防署は「老朽化が酷い」という理由で取り壊して駐車場にしてしまいましたが、この消防署の建物も残す術は無かったのでしょうか???

消防署1階の広々としたガレージスペースは、なにかと使い道があると思うのですが・・・・・

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*来月は本牧米軍キャンプ特集(?)として
2/3  本牧PX その2
2/10 本牧PX ガソリンスタンド
2/17 米軍横浜海浜住宅地区(エリア・ワン)
2/24 本牧原12 旧本牧小学校

をUPします。

by yokohama80s | 2013-01-27 00:03 | 日本大通 | Comments(4)
2013年 01月 20日

世界最大級のクレーン船 その2

今日は以前の記事でご紹介した「世界最大級のクレーン船」の別カット編を。

まず1987年8月10日。

大黒埠頭の現在のT-4、T-5あたりにあったベイブリッジの橋桁組み立て現場に行くと、とてつもなく大きいクレーン船が・・・・・

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「第50吉田号」だと思うのですが、アーム先端部に「3500t」と書かれたプレートが・・・・・・


と言っても、写真だとあまり大きくは見えませんが、左に写っているベイブリッジの橋桁の長さは約200mあります!!!

そしてその10日後の8月20日。

夕暮れ時に同所に寄ってみると、もう一隻、バカでかいクレーン船が・・・・・・

ということで期せずして、世界最大級のクレーン船2隻が期せずして大黒埠頭にそろい踏み。

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「近いうちに橋桁を乗せるんだな」ということはわかったものの、ゲートブリッジの時のようにネットで「いついつの何時から作業開始」などという情報が出回るワケでもなし。

かと言って、毎日、大黒埠頭まで行くワケにもいかず・・・・・・

そうこうするうちに、そのようなことはすっかり忘れてしまい、9月中旬頃に再び大黒埠頭の現場に行ったらすでに本牧埠頭側に橋桁がひとつだけ設置されていました。

その後、12月に再訪した時には、大黒側にも橋桁がひとつ載せられていたということは、三ヶ月で橋桁をふたつ載せただけ。

このベイブリッジ架設工事が思いのほか難工事だったと知ったのは、だいぶ後になってからのことで、この当時は、このような作業は一度始めたら一気に片付けてしまうものだと思っていた私には、「ずいぶんのんびりやっているんだなぁ~」と思えたものです。

*写真はすべて1987年撮影。



by yokohama80s | 2013-01-20 00:02 | 鶴見・大黒埠頭 | Comments(0)
2013年 01月 13日

山内埠頭 その2

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*高島埠頭から。奥のクレーンがNKK浅野造船所。


以前、この埠頭の巨大ボラード(ビット)の方を先に取り上げてしまいましたが、遅ればせながら山内埠頭本編です。

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この埠頭は、現在は"コットンハーバー"などと呼ばれて、以前、埠頭の隣にあった日本鋼管の造船所には高層マンションが建設され、埠頭自体も名前を残すだけとなってしまいましたが、もともとは内貿易用として建設された比較的小規模の埠頭です。

しかし80年代頃には、すでに埠頭というよりも平日は卸売市場関係者の駐車場、休日には非公式の海釣り公園と化していました。

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*この上屋の右手に巨大ボラードがありました。


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*上の場所からカメラを右に振って見たの図


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*埠頭西端、帷子川河口側にて



*写真はすべて1984年撮影。



by yokohama80s | 2013-01-13 00:07 | 山内・瑞穂・出田町埠頭 | Comments(0)
2013年 01月 06日

本町6丁目 宇徳ビル別館

あけましておめでとうございます。

これからも毎週日曜日に、限りある資源(写真)をちびり、ちびりともったい付けてアップしていく所存でございますので、これからもご贔屓のほどよろしくお願いいたします、という新年のご挨拶もほどほどに、今年第一弾は本町通と弁天通が交わる本町6丁目のカドにあった1890年(明治23年)創業の宇都宮徳三回漕店の本店ビルとして1929年(昭和4年)に建てられた宇徳ビルディング別館こと通称・弁六ビル。

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ちなみにこのビルの通称・弁六ビルとは、「弁天通6丁目」を意味しているのですが、このビルが建っている区画は撮影当時も現在も「本町6丁目」。

そこで不思議に思って横浜市三千分一地形図の昭和6年版(1931年)を見てみると、ちょうどこのビルの正面入り口部分↓

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が当時は弁天通6丁目になっていました。

ということは、このビルが建てられた当時は、このビルの住所は確かに弁天通6丁目だった、ということになるようです。

それはともかく、このビルはご覧のように三角形の土地を利用した、なかなかかっこいいビルで、桜木町駅から本町通りを山下町方向に歩いていくと一番最初に目に入るランドマーク的な建物でした。

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*本町通りの歩道橋上から(4階部分は後に増築されたもの)


しかし建設当時は荷揚げ業者の本社ビルだったこの建物も、撮影当時には本社機能は通りを挟んだ反対側の新築ビルに移転していて、このビルは書庫として使われていた、と記憶しています。

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それもともかく、この時代に現存していた古ビルのご多分に漏れず、ビル名を記している文字が剥がれ落ちて「宇徳ヒディンク」となってしまっているのはご愛敬。

そのような些細なことに関わらず、このビルで一番かっこいいのがこの部分↓

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まるで潜水艦の司令塔を連想させるデザイン。

思わず荒波をかき分けて前進していく姿を想像してしまいます(笑)

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*写真はすべて1981年撮影。






*2014年12月27日:写真1枚追加しました。

by yokohama80s | 2013-01-06 00:02 | 関内地区 | Comments(0)