その昔、関内大通りの太田町3丁目交差点に1958年(昭和33年)に建てられた最上階が当時としては珍しいメゾネット形式の神奈川県住宅公社ビルと、それに接続する形で(見かけ上はくっついて見えるだけで実際には接続していない)1954年(昭和29年)8月に建てられた現・弁天通り3丁目共同ビルこと当時の原ビル、はたまた通称・弁三ビル、"弁三アパート"などとも呼ばれる通りに面した1階部分に店舗が入居し、2階以上が住宅になっている"下駄履き住宅"がありました。
現在、関内大通りに面して建っていた神奈川県住宅公社ビルは、建て替えのために取り壊されていますが、"弁三ビル"の方は戦後になって建てられた防火帯建築として現存しています。
-写真①-
2012年まで神奈川県住宅公社ビル1階にあった1880年創業の後藤惣兵衛商店
-写真②-
弁三ビル裏の現在、マンションが建っている場所にあった駐車場より
-写真③-
写真②を撮影した場所の右手にあったタクシー会社のブロック塀
-写真④-
同上
↑当時は古びた塀などに穴が開いていると「空襲の跡」とされてものですから、この塀の穴もてっきり空襲の跡だと思って撮影したのですが、どうやらこのブロック塀はタクシー会社の営業所が建てられた時に設置された物のようです。
*写真は1982年撮影。