週刊 横濱80’s

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2015年 07月 19日

京浜運河

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*①千鳥町の川崎市営埠頭より京浜運河を挟んで対岸の東扇島を見るの図
(京浜運河の神奈川県側はほぼ当初の計画通りに航路幅6~7百m、干潮時水深9メートル、1万トンの船舶が航行及び錨泊可能なように作られている)
 

 京浜運河のあれこれについては、こちらの過去記事(東京港 -プロローグ編-)ですでに触れていますし、ググるとごっそり出て来ますので「以下省略」ということで^^。

 で結局のところ、東京~横浜を意味する"京浜"と名がついているものの浅野らが計画した京浜運河(横浜港から墨田川河口=東京港まで連続した港湾地帯を造成する構想だった)と言えるのは戦前までに完成していた鶴見川左岸から浮島町と東扇島の間のみで↓

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*②東扇島より扇町方面を見るの図
(写真左奥に船が停泊しているあたりが、扇町の三井埠頭と旧日満倉庫の私営埠頭)


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*③東扇島より浮島方面を見るの図
(ここが京浜運河東口こと川崎側の入口)


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*④東扇島の運河入口(川崎航路の京浜運河東口)を示す白灯台


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*⑤首都高湾岸線建設告知の看板(東扇島にて)


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*⑥東扇島拡張工事


東京側は戦争により運河の完成を見ることなく京浜運河事業そのものが事業廃止となり、戦中から戦後にかけて埋め立てられた品川埠頭、大井埠頭、京浜島と勝島、平和島、昭和島を挟む水路にその名前を残すだけとなっています↓。

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*⑦高浜水門と芝浦排水機場
(この水門の向こう側が京浜運河東京側の芝浦側起点になります)


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*⑧京浜島の京浜大橋
(ここが京浜運河の羽田側の入口)


 ちなみに京浜運河の神奈川側は、昭和46年(1971)の大黒埠頭の埋立により鶴見川右岸から横浜港まで水路が延長されたことにより期せずして「横浜港から東京港の間に港湾設備を完備した工業地帯を整備する」という浅野総一郎による京浜運河構想は神奈川県のみ完成した、という見方も出来るのではないでしょうか(川崎側が多摩川河口手前の浮島で東京側と分断されていますが……)

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*⑨灯台の右側が京浜運河の横浜側入口


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*⑩大黒大橋からの図
(現在でも鶴見航路ことつばさ橋をくぐった船舶が大黒大橋手前まで入って来ます)


 
*写真はすべて1987年撮影。



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by yokohama80s | 2015-07-19 00:12 | 鶴見・大黒埠頭 | Comments(0)


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