週刊 横濱80’s

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2014年 02月 09日

大岡川 弁天橋はしけ溜まり

以前、石川町 亀の橋の"はしけ溜まり"の写真をご紹介しましたが、今回は桜木町駅を出た先の、大岡川に架かる橋のひとつである弁天橋付近のはしけ溜まりを。

ということでまずは弁天橋のすぐ上流の桜木町駅側から関内方向を見るの図↓

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*①1981年撮影


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*②1981年撮影


中村川の亀の橋付近との最大の違いは、繋がれている船にはしけは見当たらず、その大部分が曳舟などの動力船であることから、"はしけ溜まり"というよりも、"船溜まり"・・・・・・というか、係船場と言ったところでしょう。

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*③1981年撮影(こちらの写真は弁天橋側から大江橋を見るの図)


撮影当時はあまり意識していなかったのですが、今更ながら写真を見てみると、これらの曳舟はなかなかどうしてクラシカルな作りになっています↓。

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*④1982年撮影


↓は、夕方、仕事を終えて帰ってきた曳舟。

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*⑤1982年撮影


ちなみに向こう岸が旧東横浜駅で、撮影時にはすでに廃止になっており跡地で中国鉄道展なるなんだかよく分からない催し物が行われていました。

それはともかく、このあたりは正式な"船溜まり"というワケでは無く、国鉄または東急、はたまた市バス、地下鉄で桜木町駅まで来て、駅からちょっと歩いてここに繋がれている船に乗ってその日の現場へ行き、夕方になると再びここに船を繋いで家路につく、というのに便利だったことから、自然発生的に係船場(その昔は、このあたりにもはしけが繋がれ、"水上ホテル"と称した簡易宿泊所もあったそうです)と化したようです。

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*⑥1982年撮影


↑の桟橋には、「中ヘ入ルナ 見ツケタラ川ヘ投ゲコム」という、物騒な文言が書かれています↓。

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*⑦1982年撮影


まあ脅されなくても、板を踏み抜いてしまいそうで危なっかしくて間違っても桟橋に入ろうなどという気は起きませんがね(*^▽^*)

現在、このあたりは繋がれる船も無くスッキリと小綺麗な眺めになっているようですが、個人的には繋がれた船でカオス化していたこの頃の方がヨコハマらしい風景のように思えるのですが・・・・・・

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*⑧1982年撮影





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by yokohama80s | 2014-02-09 00:04 | 関内地区 | Comments(2)
Commented by 酔華 at 2014-02-09 06:32 x
戦後、大岡川には水上ホテルがありました。
船を改造したもので、港湾労働者が宿泊していました。
昭和27年1月の寒い日、定員の2倍もの労働者が入り、
その重みで転覆するという痛ましい事故も起きています。
30年代には水上生活者という人たちもいましたね。
写真を見ていろいろ思い出しました。
Commented by yokohama80s at 2014-02-09 18:05
酔華さんがおっしゃる事件というのは、昭和26年1月23日に大江橋付近にあったはしけを改装した水上ホテルで船体が軋む音に驚いた客(たぶんそうとうアルコールが入っていたのでは?)が、「船が沈む~っ!」と叫んだことをきっかけに船内にいた宿泊客が一斉に出口に殺到してバランスを崩して云々かんぬんで死者7人、けが人37人の大惨事でこれをきっかけに水上ホテルの取り締まりが厳しくなって衰退したというヤツですね。

などと知ったようなこと言ってしまいましたが、私は中区史・関外地区を読んで知りました(笑)



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