山下埠頭の大桟橋側の岸壁を1号、2号、3号と沖側に歩いていくと、3号岸壁の突端のさらに沖に伸びている桟橋状の施設がありました↓。
釣り人の侵入を拒む為か、ご覧のように入り口が頑丈に閉ざされており、いったいなんの施設かまったく見当もつきません。
ただ看板に名前が書かれている「国際ケーブルシップ」という会社が、現在のKDDIの前身にあたる国際電信電話公社(KDD)関連の海底ケーブルを敷設する会社だということは知っていましたが、ここから太平洋を横断する海底ケーブルが伸びている・・・・・・なんてことは考え難いし・・・・・・確かそのての施設は銚子だか九十九里あたりにあったかと・・・・・・。
で何回目かにこの場所を通りかかった時に、期せずしてその施設の正体が判明↓。
なんのことはない、当時、横浜を母港にして人知れず海底ケーブル敷設や整備の為に、日夜、七つの海を東奔西走し、七面六臂の大活躍をしていたKDD丸の専用岸壁で、
この船はこの場所に停泊中でも、ひとたび海底ケーブルに異常が見つかった時には、365日24時間いつでも出動出来る体制になっていたそうです。
「な~るほど。それでいつ行っても姿を見なかったワケだ」と納得。
ちなみにこのKDD丸は、1967年(昭和42年)進水~1992年(H4)にオーシャンリンクに交代するまで四半世紀にわたり、太平洋を中心に海底ケーブルの敷設整備修繕に活躍していたそうです(参考までに
You TubeにあるKDD丸の記録映画の動画)。
*写真はすべて1982年撮影。