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週刊 横濱80’s

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2013年 11月 17日

新山下3丁目 米軍新山下住宅地区

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*①1981年撮影(独身下士官用宿舎。写真右奥には見晴トンネルの入口が写っています)


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*②1982年撮影(閉鎖された正面ゲート)


もともと新山下一帯は、工業地帯を誘致することを目的にして、1915年(大正4年)から1941年(昭和16年)にかけて、それまでの海岸線だった山手のガケ下部分を埋め立てて造成された町なのですが、震災前までは釣り宿が数件あるだけで辺り一面には葦原と湿地が広がっていたんだそうな。

そして震災後に空き地だった新山下地区の山手のガケ下あたりに被災者を一時的に収容するための応急住宅が40戸建てられ、その後、新山下2丁目一帯に同潤会により戸建住宅280戸が建てられたそうです。

その後、戦時中に一番最後に造成が終了した新山下3丁目の小港町との境界付近の山側一帯に、兵器弾薬以外の雑多のモノが収納されていた海軍倉庫が作られ

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*③1981年撮影(現在、NTTのちょうど向い側にあった旧海軍倉庫のゲート)


終戦後は米軍により接収され通信大隊地区として使用されていましたが、1952年(昭和27年)に関内、伊勢佐木町などを接収解除する代わりに新山下、小港町の山側崖下に代替施設を建設することが決定。

そして新山下3丁目一帯に独身将校及び下士官用宿舎と、軍人、軍属とその家族の出入国時の一時宿泊所として鉄筋コンクリート4階建ての宿泊施設7棟、将校クラブ、図書館、医療施設その他10棟の計17棟、隣接する小港町側の旧海軍倉庫跡に陸軍エンジニアセクション(Yokohama U.S.Army Engineer)の兵舎を始めとした付属施設が作られ、これらの施設を総称して米軍新山下住宅地区こと"SHINYAMASHITA DH-AREA"はたまた"BAYSIDE COURTS"と呼ばれていました。

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*④1981年撮影(三角屋根のバラックはエンジニアリングセクションの宿舎や事務所として使われていたそうです)


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*⑤1981年撮影(BOILER HOUSEの裏)


そして1982年(昭和57年)に新山下住宅地区は日本に返還され、現在は跡地に市営とURのマンションが建てられています。





by yokohama80s | 2013-11-17 00:06 | 本牧・小港・新山下


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