週刊 横濱80’s

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2013年 06月 23日

市電通り 後編

今週は市電通りの山手警察署(JR根岸駅の方ネ)に向かって左側を歩いてみたいと思います。

ということでまず最初は、上野町1丁目あたりの市電通り側にあった金物屋さんの脇↓

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*①1982年撮影


たぶん、昭和30年前後に建てられたものだろうと思われますが、なかなか良い具合に年期が入っています。

でこの先は、人通りの多いアーケード商店街が続くので、一本北方町側の道をテクテクテクテク歩いていくと、上野町2丁目のカドにあったのが↓

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*②1982年撮影


いかにも"町の葬儀屋さん"といった風情の店構え。

その隣には↓

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*③1982年撮影


この日は定休日だったのでしょうか、ショーケースの上でフトンを干している"かつお節屋"さん。

まあ平たく言うと乾物屋さん。

でも冷静になって考えてみると、葬儀屋さんの隣が乾物屋さんというのもなんかスゴイと思います(笑)

でお次は、葬儀屋さんと乾物屋さんのあるブロックの斜め向かいの本郷町1丁目にあったのが(ここだと思うんですが・・・・・・)↓の

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*④1982年撮影


見るからに来店する客よりも、出前メインと覚しき中華料理屋さん。

確か千代崎町マーケットの並びにあったような、無かったような???

で今度は再び市電通りに出て、本郷町商店街の一角にあった風呂桶屋さんの脇に置かれていた使用済みの杉の風呂桶↓

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*⑤1982年撮影


などと言っても、大部分の方が「風呂桶屋???」と思うのではないでしょうか?

と言うか、当時この光景を見た私自身が「懐かし~」と思ってシャッターを押したくらいなのですから、一般家庭に木の風呂桶があったのは60年代~70年代前半くらまでの話だと思いますが、このての風呂桶は数年で腐って使えなくなるというシロモノ。

そうなると風呂桶から水が漏れ始めるので、昔は風呂桶屋さんが存在したワケですが、私のガキの時分には風呂桶に浸かりながら退屈しのぎに風呂桶の腐ってブヨブヨになった部分をむしり取って親からよく怒られたものです(笑)。

などと感慨にふけりつつ、さらに進んで本牧商店街に突入すると↓

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*⑥1981年撮影


引越がどうしただのの文字が見えますが、古い地図を見ると昔は運送屋さんで、撮影当時は呉服屋さんだったようです。

で本牧町1丁目あたりに来てようやくVFWとかイタリアンガーデン(当時は"ニューイタリアンガーデン"と名乗っていたようです)↓

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*⑦1982年撮影


といった今でも名を知られた米軍バーが散見し始めます。

でその先の本牧町2丁目交差点手前にあったのが↓

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⑧1982年撮影


現在の本牧ガーデンがあるあたりで(さりげなく本牧通り右側の写真を紛れ込ませてしまいました^^)、このあたりからようやくフツーのお店の看板にも横文字が見られるようになります。

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*1982年・山手警察署前交差点付近で撮影


以上のように、世間一般では「本牧」というと米軍住宅とセットで「ちょっとニホン離れした街」のように語られがちですが、実際には世間一般で名を知られているような店は本牧1丁目から2丁目あたりにチョロッとあっただけで、少なくとも80年代当時は、複数の商店街を核にした古き良き下町風情を色濃く残した泥臭い街でした。

ということで、これでホンモクあたりの昔の話さシリーズ(そうだったのか?)を終了する予定でしたが、カレンダーを見ると今月はもう一週あるようなので、来週は「ホンモクあたりの昔の話さシリーズ特別編本牧2丁目あたり」をお送りします(注意:あらかじめお断りしておきますが、ゴールデンなんとかというバーなのかレストランなのかライブハウスなのかケジメがつかない店や、ミラーぴかぴかのなんとかというディスコの写真ではありませんので悪しからず、っていうか、私的には「ケッ!」という感じで最初っからこれらの写真は撮っていません←どうせ誰かが撮ってるでしょ?←ググればごっそり出てくるでしょ?)。



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by yokohama80s | 2013-06-23 00:03 | 本牧・小港・新山下 | Comments(0)


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