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2013年 05月 12日
![]() ![]() 現在、中華街の北、善隣門のあたりにV字型(地図で見ると矢印が南を向いている←正確には南東)の神奈川県警加賀町警察署があります。 しかし写真の1926年(大正15年)築の庁舎は今とは逆向き(矢印が北を向いている逆V字)で、庁舎の左手が長安道、右手が海河道になります。 蛇足ではありますが現在の庁舎が、中華街という場所柄から風水を重んじて建物の向きをひっくり返したのかどうかについては定かではありません(笑) それはそれとして、なぜにして山下町にある警察署なのに加賀町署なのか、という疑問をお持ちになられる方もおいでになるかと思います。 と言ってもこの件に関しては、横浜開港資料館さんがこのようなモノをUPして下さっていますので、私が拙い文章でズラズラ説明するよりもよっぽどわかりやすいかと存じますので、そちらをご参照下さい(笑) あえて私が付け加えるとすれば、30ヵ町は町と付いていても一般的な区画ごとに名称をつけたものではなく、馬車道通りの町名のように通りごとに名前を付けたものであり、さらに番地についても公園通りの一番北側にある英一番館(現・シルクセンター)を一番地とし、そこから建物ごとに順番に番号をふり堀川にぶつかるとまた北から南へと、要は内陸に行くほど番号が大きくなるという仕組み。 しかしちょうど山下町の真ん中あたりに、埋め立て順の関係から奇妙な形で中華街がハマり込んでいる為に、中華街のあたりから「南へ行くほど番号が大きくなり堀川にぶつかるとまた北に戻る」という法則が多少崩れますが、それでも震災前までは区画ごとに番地は順番に並んでいました。 ところが震災後に、クネクネ曲がっていて片側一車線だった本町通りその他の道路を拡幅して消滅した番地を、袋小路を解消して区画をひとまとめにした時に出来た所に割り振ったり、さらに1928年(昭和3年)に現在の日本大通が山下町から分町した際に日本大通に割り振られていた番地をあっちこっちに再分配したり、それでも足りないと今度は新たに番地を増やしたりと、あれやこれやとイジりまわした結果として、同じ区画内の番地が連続していなかったり、三桁番地の区画になぜか二桁の番地が紛れ込んでいたり、かと思うと◯◯-◯という一般的な番地があったりという現在の山下町のぐちゃぐちゃゴチャゴチャ番地表示が出来上がりという次第(まあ「町に歴史アリ」ってトコですかな)。 ということでちょっと例を挙げると、現在、結婚式場として現存している旧露亜銀行の現在の住所は山下町280番地なのですが、結婚式場として使用される前の番地は旧居留地時代から山下町51番地で、そもそも280番地は居留地時代には存在しなかった・・・・・・と思うヨ、私が知る限りにおいては。 というように、そんなこんなで当時の人は、わかりにくい番地には見切りをつけて、1899年(明治32年)にすでに廃止されていた30ヵ町の町名の方を日常的に用いていたようで、昭和初期に横浜市が作成した横浜市三千分一地形図の山下町には40年前に廃止されたはずの30ヵ町の町名が番地と共に併記されています(確か震災後の区画整理で二つか三つの通りが消滅しているので、実際には30は無い・・・・・・と思います、数えたことが無いからわからないけどwww)。 ということで、山下町にある警察署に、普段から慣れ親しんでいた旧町名を付けることは、当時の人にしてみればごく自然のことだったのだろうと想像できます。 そういえば横浜には、もともとは代官坂トンネルあたりの山手の丘の上にあったのに移転を繰り返して今は直線で1.6km離れた本牧宮原にある山手警察署とか、同じく移転を繰り返して今は本牧十二天にある北方消防署とか、もともとは現在の桜木町にあったのに合計2回、直線で約2km弱移動した横浜駅(都市の中核となるべき主要駅そのものが移動した例は、国内はおろか世界的に見ても稀なのでは???)なんていうのもありますから、当時のヨコハマの人はそういうこまかいコトを気にしない傾向があったのかもしれません(笑) ![]()
by yokohama80s
| 2013-05-12 00:07
| 山下町
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