週刊 横濱80’s

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2015年 12月 27日

新港埠頭 三号岸壁

 新港埠頭三号岸壁とは、今で言うとちょうどこのあたり(Google streetviewに飛びます)

 現在、岸壁に建っていた上屋も無く往時を思わせる物は何も残っていないように見えますが、四号岸壁との境目、今で言うと海保施設と赤レンガパークの境界あたりを覗き込むと新港埠頭が作られた当時のこんな階段(2013年12月8日・新港埠頭 三号岸壁の階段)が現在もその姿を目にすることが出来ます(三号岸壁と二号岸壁のクビレも現存しています)。

ということで、まずは現在の赤レンガパークのあたりの30年前の風景を↓

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*①通称・赤レンガ二号倉庫前から見た三号上屋(1986年撮影)


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*②三号上屋前というか現在の赤レンガ二号倉庫前のC号荷さばき場にて(1987年撮影)


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*③上に同じ(1987年撮影)


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*④これまた上に同じ(1987年撮影)


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*⑤三号岸壁と四号岸壁のクビレ部分に至る通路にて(1987年撮影)


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*⑥三号上屋前の引き込み線の車止め(1982年撮影)

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*⑦三号岸壁と四号岸壁のクビレ部分にて(1983年撮影)


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*⑧三号上屋と二号上屋との間にあった荷役連絡所(1982年撮影)


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*⑨二号上屋の一号岸壁側にあった荷役会社の休憩所その1(1983年撮影)


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*⑩その2(1983年撮影)


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*⑪三号上屋の内陸側の壁際に作られた庭園?(1981年撮影)


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*⑫上と同じ(1982年撮影)


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*⑬上と同じ(1982年撮影)


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*⑭(1983年撮影)






*来年1月のUP予定
1月 3日: 新年特別企画(どこかは秘密)
1月10日: 中華大通り
1月17日: 中華街・市場通りと香港路
1月24日: 中華街・中山路中山路
1月31日: 山下町92番地 横浜繊維

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by yokohama80s | 2015-12-27 00:03 | 新港埠頭 | Comments(0)
2015年 12月 20日

新港埠頭 F号荷さばき地

 新港埠頭の F号荷さばき地は、その昔、現在、海上保安庁の海上防災基地がある四号岸壁が国内船会社の北米航路発着場として使われていた時、一階が倉庫(上屋)と旅具検査場、二階に船客待合場、食堂、売店がある四号上屋↓

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*昭和9年発行 横浜港と其修築より竣工当時の四号上屋


を1979年に取り壊して出来たスペースを、貨物の積み卸しや分類、計量などを行う為に露天の貨物置き場として使用していた場所のことです。

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*①1986年撮影


 撮影当時には、東南アジアやアフリカ諸国向けのプラント設備や土木重機などがズラ~ッと置かれていました。

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*②1982年撮影


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*③1982年撮影


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*④1982年撮影


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*⑤1982年撮影


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*⑥1986年撮影


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*⑦1986年撮影


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*⑧1987年撮影


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*⑨1987年撮影


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*⑩1987年撮影


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*⑪1987年撮影


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*⑫1987年撮影


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*⑬1987年撮影




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by yokohama80s | 2015-12-20 00:00 | 新港埠頭 | Comments(0)
2015年 12月 13日

新港埠頭の三角地帯

 その昔、新港埠頭がまだ港として機能していた頃、万国橋から新港橋へ向かう道路と、万国橋から線路づたいに右突堤へ向かう道路、新港橋からレンガ倉庫前を通って万国橋~右突堤に向かう道路が形作る三角形の中州状の場所があり、そこにジャパンエキスプレスの大きな倉庫や、ノコギリ屋根が連なった新港倉庫、交番、変電所、港湾局の埠頭事務所などがありました↓。

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*昭和39年の横浜市三千分一地形図を現在の地図に重ねてみました。


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*万国橋から右突堤に向かう道路から
(画面右がジャパンエキスプレス倉庫と新港倉庫)


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*赤レンガ二号倉庫前から見た三角地帯にある変電所の建物



ということで、まずはジャパンエキスプレスの倉庫↓

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 お次が新港埠頭E号倉庫↓

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 で変電所があって↓

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 三角地帯の新港橋側には港湾局とか荷役会社などの事務所が建ち並んでいて、その中でなんとなくクラシカルな感じがする事務所↓。

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 写真に写っている看板を拡大してみると、リコーインターナショナルシステムズとなっていますが、建物の左側になにやら紋章のレリーフが。
ということで、ちょっと調べてみると1978年(昭和53年)の住宅地図の該当の建物には「運送業 KK武相組」となっているので、試しに1930年(昭和5年)の大横浜商工録を見てみると輸出入貨物立会業に元浜町4-35を所在地にする武相組がヒット。

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*1946年撮影の航空写真より
(余談ですが新港倉庫E号倉庫の屋根が焼け落ちているのが確認できます)


 ということは、この武相組という会社が同一の物だと仮定すると、この建物は戦前から戦後にかけてこの会社の現地事務所だったという可能性が高い、ということになりますが、ご多分に漏れずこの場所は今や道路の下に。
もしかしたら50年後くらいに、この場所を掘り返したら土台跡が出て来て大騒ぎ、なんてことになったりして……!?

 

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by yokohama80s | 2015-12-13 00:13 | 新港埠頭 | Comments(0)
2015年 12月 06日

横浜税関石炭庫

 その昔、新港埠頭に架かる万国橋を渡った所の橋のたもと、運河の岸辺に↓

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の煉瓦造りの小さな倉庫、はたもた物置状の建物がありました。

 建物の形状から考えると、物置というよりも暖房用の石炭(昭和40年代までは暖房用の燃料は石炭が使われていた→小学生の6年間がずっと石炭ストーブでした)を一時的に貯蔵しておく小屋だろとは思いますが実際のところは……???

 この件に付いては、こちら(2014年12月14日・万国橋)でも触れましたが、80年代後半の建築探偵ブームに乗じて出版された書物には、「明治時代に建てられた貴重な……」などと記載されていたのですが、個人的には「明治築はないだろう」と思ったもの、問題は「それではいったいいつ建てられたのか?」ということ。

 そこで国土地理院の地図・空中写真閲覧システムで新港埠頭を見てみると……
なにせモノが小さいので判然とはしないのですが、1944年(昭和19年)~1946年(昭和21年)の写真では確認出来ないし、昭和24年版の横浜市三千分一地形図でも以下同文。
で1947年(昭和27年)に撮影された写真に、それらしい物体(建物)が辛うじて確認出来ることから考えると、どうやら戦後になった進駐軍によって建てられたもの、というのが実際のところのようです。

 まあ今となってはそのようなことは、誰も気にしないとは思いますが。

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*写真はすべて1982年撮影。


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by yokohama80s | 2015-12-06 00:05 | 新港埠頭 | Comments(0)