週刊 横濱80’s

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2015年 02月 22日

日本大通9 横浜地方裁判所

この建物については、TVドラマや映画に登場する機会が多いので誰でも一度は目にしたことがあると思われるので、見方によっては「横浜を代表する歴史的建造物のひとつ」と言っても過言ではないかもしれません。

ただ一言付け加えるなら、この建物はこちらに書かれているように現存している建物は、オリジナルの部材を可能な限り再利用したとは言え一度取り壊されたあとに日本大通り沿いの壁面を復元したレプリカ建築。

個人的には、北仲通の旧生糸検査場こと現第二地方合同庁舎、横浜税関本関、日本大通の旧横浜商工奨励館と市外電話局こと横浜情報文化センターとこの横浜地裁のように、レプリカにしろオリジナルにしろ旧棟を手前に高層棟を奥に配置(セットバックというらしい)する手法は、高層ビルの低層階に旧棟の壁をデザインもヘッタクレもなく無理矢理張り付けたハリボテ建築、はたまたフランケンシュタインビルに比べれば数十倍はマシだと思います(本来なら復元されたレプリカと建物の現状保存とは明確に分けるべきなのですが横浜ではどちらも歴史的建造物として一括りにされています)。

しかしこの手法の最大の問題が高層棟を後ろに下げて建設するスペースと費用。
その証拠に、関内、山下町地区で高層棟をセットバックさせる方法で古い建物を保存あるいはレプリカ保存しているのはお役所関連がほとんどで、民間では山下町9、10番地で構成される区画をまるまる所有していたニューグランドだけ……だと思います^^。

本来なら、「ここが行政の腕の見せ所」のようにも思えるのですが……。

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*正面玄関
建設当時は正面玄関を入った奥に陪審員用の宿泊施設があったそうな


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*正面玄関の車寄せ


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*建物西側の出入口こと公衆出入口


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建設当時の裁判所一階部分の図面を見ると、裁判所の建物は日本大通に「日」の字を横たえた型になっていて、「日」の字の真ん中の横棒部分に正面玄関があり、そこを入ると大広間、その奥の左右に階段があり、さらに奥の扉の先には陪審員用の宿泊室や休憩室があり(戦前は死刑または無期に相当する刑事事件は陪審員制だった)、正面向かって右手奥の建物のカドに拘置囚用の出入口があり、そこを入った右手に看守詰め所、そして入口を入った奥に拘置室。
建物左手の真ん中にある公衆用出入口を入ると、左手に食堂、右手に登記室と司法記者室、裁判官や書記などの宿直室があったとのこと。

ちなみに桐蔭学園構内の施設内にこの裁判所の陪審法廷が移築復元されているそうですが、「どうせなら裁判所施設を高層棟にまるまる移して、旧棟は建設当時の内外装に復元して司法博物館か何かの展示施設にでもしてくれたら良かったのに」と思ってしまいます。


*写真はすべて1981年撮影





*来月3月のUP予定
3月 1日:大黒埠頭第一期埋立地
3月 8日:大黒埠頭第二期埋立地
3月15日:大黒埋立地の海岸線
3月22日:ベイブリッジ地組立ヤード
3月29日:首都高大黒ランプ建設現場

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by yokohama80s | 2015-02-22 00:02 | 日本大通 | Comments(0)
2015年 02月 15日

住吉町3-35 クリーニングショップラブリー

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↑の写真は、住吉町3丁目の関内桜道カドにあったクリーニング店。

現在では、このような派手な店構えのクリーニング店はさほど珍しくもありませんが、撮影当時には異例、というよりも異様と言っても良いほど自己主張しています^^。

しかし初めてこの店構えを見た時には、「なんか関内らしいなぁ」と妙に納得してしまったことを今でも憶えています。

ちなみに現在、この店は関内仲通りの常盤町2-11、その昔にはカシミールというカレー屋があった辺りに移転して地味な店構え(移転前と比べれば、の話ですが)になって営業を続けているようです。

*写真はすべて1981年撮影。



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by yokohama80s | 2015-02-15 00:02 | 関内地区 | Comments(0)
2015年 02月 08日

一文字埋立地

新港埠頭が横浜税関陸上設備として竣工した当初には、十二号岸壁の万国橋側に十三号岸壁があったのですが、震災直前ごろまでに海面に向かってスロープがつけられた物揚場に変更され震災、戦争、接収時代を送ってきました。

そして米軍による接収が七号岸壁三井生糸倉庫一帯を除いて解除された後の1962年(昭和37年)、ほぼ山下埠頭造成と時を同じくして十三号岸壁物揚場の海面……というか、大岡川河口を幅約80m、長さ約260m(現在のみなとみらい16街区あたり)を埋め立てて、そこを流通拠点とすべく鉄筋コンクリート造りの民間倉庫が建てられたのが、当時、新港埠頭の一文字埋立地こと一文字地区。

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*赤枠内が一文字地区で黒枠が新港埠頭の既存地区


しかし当時すでに貨物輸送が、すでにトラックに移行していたにも関わらず、一文字埋立地の倉庫街は艀輸送を前提に作られていたことから撮影当時の80年代頃には開店休業状態。

ということで、とにもかくにもまず最初の写真は、戦後、旧13号物揚場に建てられた丸屋根倉庫が3棟連なった三井倉庫K号倉庫↓。

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*1981年撮影


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*1981年撮影


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*1982年撮影


でその次が、一文字地区根元部分にあった京浜輸入貨物取扱業共同組合新港上屋↓

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*1981年撮影


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*1981年撮影


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*1983年撮影


そのお次が、鈴江倉庫↓

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*1981年撮影


でその次が横浜冷凍新港埠頭工場↓

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*1981年撮影


で最後が関東郵船運輸倉庫↓

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*1981年撮影


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*1981年撮影


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*1981年撮影


……だと思います(笑)




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by yokohama80s | 2015-02-08 00:00 | 新港埠頭 | Comments(6)
2015年 02月 01日

一号物揚場

新港埠頭の一号物揚場というのは、凹型の新港埠頭のちょうど一~六号岸壁がある右突堤と、七~十二岸壁の左突堤の中間部分、へこんでいる部分のことで、みなとみらい21で埋め立てられて、現在は新港地区第七街区となっています。

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*赤丸で囲った部分が一号物揚場


ここでちょっと説明すると、埠頭で物揚場とか荷揚場などと称されている場所は基本的に「艀が接岸して荷役作業を行う場所」として設けられ、一般的には海面に向かってスロープ状になっていて艀から人力で荷揚げ出来るように作られていました。

今現在でも残っているのは、西波止場から大桟橋間の岸壁部分にフールプルーフの為なのかバリアフリーなのかは定かではありませんが、プラットホーム状の遊歩道が設置されている区間に残されているのが、現在、横浜港に残された唯一の昔ながらの物揚場(跡)だと思われます。

という話はひとまず置いておくとして、昔の地図にはこの一号物揚場もスロープ状だったことを表す記載が認められますが、80年代には海面に向かって下がっているスロープはすでになく、右突堤と左突堤を結ぶ連絡道路となっていました。

ということで、一号物揚場を通って右突堤から左突堤に向かう時に見えた風景の写真を順番に……。

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*①1983年撮影(六号上屋と右奥にチラッと見えるのが現在同じ場所にレプリカがある横浜港駅の旅客用プラットホーム


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*②1983年撮影(六号上屋から見た一号物揚場……と言うか左突堤)


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*③1984年撮影(ちょっと進んで振り返って見たの図)


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*④1983年撮影(六号岸壁を見るの図)


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*⑤1983年撮影


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*⑥1983年撮影


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*⑦1982年撮影(一号物揚場の反対側は米海軍の冷蔵施設


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*⑧1983年撮影(七号岸壁


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*⑨1982年撮影(七号岸壁)


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*⑩1982年撮影(七号岸壁)


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*⑪1987年撮影(七号岸壁)


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*⑫1987年撮影(旧横浜税関第二分室





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by yokohama80s | 2015-02-01 00:01 | 新港埠頭 | Comments(0)