週刊 横濱80’s

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2014年 10月 26日

新港サイロ

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*1987年撮影


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*1987年撮影


その昔、新港埠頭が港として機能していた頃、今で言うとワールドポータースの駐車場棟というか舶来館と本館の間あたりに↑写真の銀ピカに輝くタワーサイロがありました。

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横浜市三千分一地形図をグーグルアースに落としてみました。


ちなみに↑の上の赤枠がサイロ。
下の小さい赤枠が、このサイロの主で当時、新港埠頭内に本社を置いていた新港倉庫の本社ビル↓。

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*1982年撮影


新港倉庫のサイトによると、このサイロは、1969年(昭和44年)に十一号埠頭側に建てられ、その後1996年(平成8年)にみなとみらい21計画に伴って取り壊された、とのこと。

まあこのてのサイロは小麦、大豆などの穀物類を保管するのが一般的で撮影当時、このサイロのまわりに小麦らしきモノがたくさん落ちていたことを記憶しています。

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*1987年撮影


でこのサイロに小麦その他の粉モノ(?)というか穀物類を入れるのに使用していたのが↓

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*1987年撮影


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*1987年撮影


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*1982年撮影


↑写真の巨大真空掃除機(?)。

場所的にバラ積み船からハシケに積み替えてこの掃除機で吸い上げる、という手順でめでたくサイロに納め、植物検疫とか燻蒸消毒などをしてトラックなどに積み替えて日本各地に出荷していたのだと思われます。

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*1987年撮影


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*1982年撮影


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*1987年撮影


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*1987年撮影








*来月は"馬車道特集"と銘打って
11月 2日: 港町4丁目 徳永ビル
11月 9日: 馬車道
11月16日: 弁天通5丁目 日本火災横浜ビル
11月23日: 南仲通5丁目 県立歴史博物館
11月30日: 南仲通4丁目 スナック・ビーハイブ
を順次UPしますのでお楽しみに。

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by yokohama80s | 2014-10-26 00:04 | 新港埠頭 | Comments(0)
2014年 10月 19日

倉庫の落書き

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*1982年撮影


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*1982年撮影


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*1982年撮影


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*1983年撮影


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*1982年撮影


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*1982年撮影


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*1982年撮影


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*1983年撮影


これらの落書きは、新港埠頭の五号上屋と六号上屋の岸壁側にあったもの。

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*1983年撮影


どうやらこの岸壁にやって来た船員の誰かが自分が乗り組んでいる船の名前を書き殴ったら、それを見た別の船の船員も「オレもオレも」式に書き加えていったもののようです。

恥ずかしながら私は、船名と思える単語の頭に付いている「MV」という文字を船会社の略号だと思って、同じ船会社の船員が対抗意識を燃やして同じ場所に落書きをする式で書かれたから、船名の頭にすべて「MV」と付いているんだと思い込んでいました。

ところが改めて調べてみると、「MV」とは「Motor Vessel」の略で、ただたんに「動力船」という意味で船名の頭につける接頭辞にすぎないんだそうな。

すなわちニホンで船名のあとに「丸」とつけるヤツの英語版、ということ。

どうりでMV社の船が多いワケだ(笑)

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*1984年・山内埠頭にて撮影


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*1984年・山内埠頭にて撮影




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by yokohama80s | 2014-10-19 00:08 | 新港埠頭 | Comments(0)
2014年 10月 12日

旧自動車クレーン格納庫

その昔、新港埠頭の赤レンガ一号倉庫の裏手の三菱倉庫との間に、扇形の鉄道の機関庫のような建物がありました。

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昭和39年の横浜市三千分一地形図をグーグルアースに重ねてみました(赤く囲ってあるのが↑の写真の建物)


撮影当時、この扇形の建物に併設されていた事務所というか、休憩所のような建物↓の脇に水上消防署新港出張所と書かれた(だったと思いますが、とにかく"消防署"と書かれていた)木製の看板が転がっていたので、今までず~っとかつての消防署の跡だとばかり思っていました。

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ところがこの記事を書くにあたって、中区史にある1980年当時の新港埠頭の地図を見ると、該当の場所には「起重機格納庫」の文字が・・・・・・

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赤い部分が自動車クレーン格納庫(起重機格納庫)


昭和9年版の横浜税関設備図にも、該当の場所にある同じ形の建物に「自動車クレン格納庫」と記載されています。

ということで、あれやこれやの昔の書物を漁ってみると、震災前には岸壁に敷設されたレール上を走行する門型クレーン(↓こんなヤツ)

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1917年(大正6年)横浜税関新設備写真帖より


が岸壁毎に設置されていたものの、震災によりすべて全壊したのを機にそれを全廃し、代わりに何かと利便性が高い自動車クレーンに転換しこれを格納するために建てられた施設だと判明。

それにしてもクレーン車を仕舞うには、ちょっと建物が小さいような気も・・・・・・と思って、あれやこれやさらに調べてみると、1930年(昭和5年)に港湾協会が発行した「港湾調査資料・横浜港荷役調査」に税関埠頭こと新港埠頭に「1.5トン自動車型クレーン2台配備」という記載が。

でも工事現場でよく見かける4トントラックの運転台後ろにあるユニックと呼ばれるクレーンでも2~3tくらい吊ることが出来たと思うので、戦前のクレーン車(自動車クレーン)とはどのような代物なのかをデジタルライブラリーで漁ってみると当時、新港埠頭内の横浜港駅に配備されていた、当時は国内に一台しか無かったという3トン自動車クレーンの写真(背景の建物は三井生糸倉庫でしょうか?)が↓

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1930年(昭和5年)発行「貨物積卸機械利用の栞」より


↑これで3トンということは、1.5トンクレーン車はこれの半分のサイズということに・・・・・・

「それだったら充分入るな」ということで、ちなみにこの起重機格納庫こと自動車クレーン格納庫は、1988年撮影の航空写真ではその姿を確認できないことから、1984~5年くらいには取り壊されていたようです。

それから撮影当時、水上消防署の消防車の車庫は赤レンガ二号倉庫向かいの変電所の隣りあたりにあったかと記憶しています。

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*写真はすべて1983年撮影。



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by yokohama80s | 2014-10-12 00:03 | 新港埠頭 | Comments(0)
2014年 10月 05日

本牧埠頭 シンボルタワー

なにやらWikiによると
横浜シンボルタワーは、横浜港に出入りする船舶のための信号所と市民の憩いの場を兼ね備えた、横浜港のシンボルとして建設が開始され1986年(昭和61年)7月に完成した。この施設は本牧ふ頭突端と大黒ふ頭突端とを線で結んだ場合の、横浜港と東京湾との境となる位置に所在しており、横浜港に入出航する船舶の管制や、近隣を航行する船舶へ海上交通情報を提供するなど航路標識として大きな役割を担っている。
また塔の上部には展望台(地上36.5m)が設置され周辺全てが見渡せるようになっており、高い位置から横浜港湾の様子を覗く事ができることから、市内の隠れた名所となっている。なお展望台への入場は無料だが、エレベーターなどは無いため約140段の階段を数分間ほど歩いて登る必要がある。」
とな(面倒なのでコピペしました^^)

「ふ~ん、そうなんだ」と言ったところですが、完成当時は「またヘンなモノをこさえて」と言った感じでした。

なにせ場所が場所なもので、完成当時は、路上に縦横無尽に台切りされたシャーシを縫うようにして(夜間、コンテナ埠頭に迷い込んだ車が、路上に台切りしてあるシャーシに激突する事故が頻発したので最近はシャーシの路上での台切りは無くなりましたが)、ようやくたどり着けるという辺境の地(?)でしたからあそこは↓。

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①D突堤入口・鈴江コンテナヤード


ちなみに上の写真の背景に写っているデリックやクレーンは、当時の港湾カレッジこと現在の港湾職業能力開発短期大学の校舎屋上に設置されている(「た」?)訓練用デリックとクレーンです。


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②本牧建材埠頭のセメントサイロ その1



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②本牧建材埠頭のセメントサイロ その2



当時は、D突堤のヘリに沿ってシンボルタワーに向かう道路があったような気が・・・・・


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③現在の本牧ターミナルオフィスセンター脇のコンテナヤード



↑「こんなとこ通っていいのかなぁ?」と言った感じの所を通り抜けて、そんなこんなでようやくだっだ広いけど車が一台も居ない駐車所に到着↓。


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もうちょっと近づいて↓


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なにやらタワーてっぺんのポールに信号旗が・・・・・・
確かアレは、"U旗"では???
ってことは「あなたは危険に向かっている」という意味に・・・・・・

まあ沖を航行する船舶は、陸上施設に揚がっている信号旗なんか気にしないと思いますがね。

ってことで、今度は正面から↓。


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お次は横に回り込んで↓


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な~んだ信号旗はちゃんと二枚揚がってるじゃないか、みたいな。

"U"と"W"だから、"I wish you a pleasant voyage"こと「御安航を祈る」って意味ですが、もともと陸上施設に掲揚されている信号旗は運動会の万国旗みいたいなものですから何を揚げようが問題ない・・・・・・と思います。

というのもそもそも国際信号旗というヤツは、それぞれの旗にアルファベットの符牒が割り当てられ、それを一枚~三枚組み合わせることで船舶同志の連絡に使うもので、昔は信号旗の上げ下げでコミュニケーションを図っていましたが、無線技術が発達した現在ではもっぱらその船が現在どのような状態かを示す目印的な役割と、儀式的な意味合いで使われているようです。

ということで、余談ではありますが横浜港(川崎港を含めた京浜港)に入港してくる船は、"進路信号旗"と呼ばれる国際信号旗を複数枚組み合わせた旗をマストに掲げています。

この進路信号旗は各港によって組み合わせが決められていて、いちおう川崎港と横浜港をひっくるめた京浜港では、こちらのようになっていて、それを見ればその船がどの岸壁に向かっているのかが一目でわかる、という仕組み。

逆に、出港するときには、次に向かう国の国旗を掲げています(横浜から出港する船の場合は次の寄港地が日本国内というケースが多いのでたいていは日の丸が揚がっていますが)、ということで興味のお有りになられるムキは、入出港する船のマストをご注目するのも御一興かと。


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写真はすべて1986年7月30日撮影。




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by yokohama80s | 2014-10-05 00:04 | 本牧・小港・新山下 | Comments(0)