週刊 横濱80’s

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2014年 06月 29日

新港埠頭 三噸可動式起重機

現在、汽車道と名付けられた遊歩道となって、平日でも新港埠頭へ行く人、来る人で芋洗い状態になっている昔の貨物線をテクテク歩いて行くと(撮影当時、すでに廃線になっているものと思い込んでいましたが、調べてみると、貨物列車が平日に限り1往復運行されていたようです←どうりでレールが錆びてないわけだ)、現在、ナビオス横浜のビルを突き抜けるあたりは昔は↓

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↑のような景色が広がっていました。

「モロ逆光」ということで、ここからしばらく写真はありませんが、とにもかくにも港第三橋梁(昔と今とでは橋桁が違う←生糸検査場への引き込み線に架かっていた橋を遊歩道にするときに持ってきた)を渡った先の人工島の一番端っこにあったのが↓

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↑保線用具置き場。

そして後ろを振り返る(桜木町駅方向ね)と現在、汽車道遊歩道の休憩所のあるあたりに記憶が曖昧なのですが艶消しの緑色だったか青色だったかの写真のクレーン↓。

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後ろからのカットも撮りたかったのですがモロ逆光なものでして・・・・・・


以前からこの人工島に木造の東屋と古めかしいクレーンが放置されていることは知っていましたし、何度も足を運んだのですが、フレームに収まりが良いアングルは三号橋梁側から桜木町方向を見たアングル。

とにもかくにもこのアングルから撮ると、クレーンと東屋がかっこよくひとつの画面に収まるんですが、ところがこのアングルからだと、いつ行っても逆光でして・・・・・・。

ネット上にこの角度から撮影された写真が上がっているのですが、やっぱり逆光で画面全体がモヤモヤになっちゃってるワケで、そんなこんなで何回も通ったのですが結局、1カットも撮影しないですごすごと引き返すこと幾年月。

ある日、この絶好の被写体を一枚も撮影していなかったことに気がついて、とにもかくにも記録だけでもと撮影したのが今日の写真(81~2年頃に関内、山下町あたりを撮影していた時に比べてずいぶん成長したなぁ自分)。

ということで、言い訳はここまでにしてもうちょっとアップで↓

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もうちょいアップで↓

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もっとアップで↓

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もっとアップで↓

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もっともっとアップで↓

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で上を見ると↓

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ということで、このクレーンがいつからここにあるのかなどを調べてみましたが、新港埠頭建設当時は、埠頭内の鉄道施設建設は大蔵省が、新港埠頭を一歩出たところ(第三橋梁)から先は鉄道省の管轄とされていて、埠頭内の資料はゴッソリ出てくるのに対して、埠頭を一歩出てから先の事に関する資料は皆無(まあ探し方が悪いとは思いますが)という状態。

そのため正式名称も、いつ設置されたかも何もかも一切不明でしたので、今日の記事タイトルでは埠頭内の同型と思われるのクレーンの名称を勝手に流用してしまいました。

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*写真はすべて1986年撮影。




*来月7月は新山下特集として↓

7月 6日 : ヨットハーバー
7月13日 : はしけ溜まり
7月20日 : 旧貯木場周辺
7月27日 : コンテナ街道周辺

をお送りしますのでお楽しみに。

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by yokohama80s | 2014-06-29 00:06 | 新港埠頭 | Comments(2)
2014年 06月 22日

鶴見区大黒町2 大黒倉庫 

通称「イチコク」こと第一京浜こと国道15号を大黒町入口交差点で右に折れ、産業道路こと鶴見産業道路に入り、生麦ランプ入口交差点を大黒埠頭方向へ直進し、大黒運河にかかる大黒橋を渡った先に現在は流通センターがありますが、80年ごろには写真のような倉庫がありました。

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写真の鉄骨は、先週の日本鋼管鶴見製鉄所のモノと同じく、運河に停泊している艀から貨物を積み卸しする為に設けられた天井クレーン。

大黒倉庫のHPによると、この倉庫は「1947年(昭和22年)に本社倉庫として営業を開始」とあるものの、航空写真では1956年(昭和31年)撮影の写真まで(1947年~56年まで写真が無い)クレーンと倉庫の存在が確認出来ないことから、この間に建てられたということになります。

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↑「白線で止まり左右を見ヨ  上クレーン通る」の文字と、わかりやすいイラスト入りの注意喚起の看板。
なかなかシュールです。

*写真はすべて1987年撮影。



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by yokohama80s | 2014-06-22 00:08 | 鶴見・大黒埠頭 | Comments(0)
2014年 06月 15日

日本鋼管鶴見製鉄所・天井クレーン

その昔、JR鶴見線(撮影当時は国鉄鶴見線)の浅野駅を降りて海芝浦方向にちょっと歩くと、頭上に左手にある運河から海芝浦へ向かう道路と線路を跨いで右手にある工場の中まで延びているサビサビの鉄骨ありました(途中で途切れているのかもしれませんが航空写真や地形図から計測すると約350mあります↓)。

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横浜市三千分一地形図より


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これは運河に停泊した艀から貨物(鉄骨とかそんなもん)を工場内に、はたまた工場から製品(鉄骨とかそんなもん)を運河に停泊した艀まで運ぶ日本鋼管鶴見製鉄所の天井クレーンで、往時にはクレーンがガタンゴトンという音を響かせながら道路と線路を跨いで行き来していたのだと思います。

蛇足ながらこちらにも書かれていますが、天井クレーンとは簡単に言うと、一番上の写真の左右手前から奥に延びている鉄骨を跨ぐような形で左右端に車輪が付いたハンマーヘッドクレーンの上の部分が載っていて、それがモノを吊り下げたまま鉄骨の上をガタンゴトンと移動する様をイメージすればOKかと。

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ということで、いつものように古い資料やら地図やら航空写真を漁ってみると、撮影当時は日本鋼管鶴見製鉄所と名乗っていた工場は、もともとは1916年(大正5年)にこの地に創業した浅野造船付属の製鉄工場で、その後1936年(昭和11年)に鶴見製鉄造船に、そして1940年(昭和15年)に日本鋼管鶴見造船所となり、その後、1947年(昭和22年)に鶴見製鉄所が創業を開始したことにより鶴見川河口の造船部門から分離して製鉄部門がのちのJFEエンジニアリングとなる日本鋼管鶴見製鉄所に、造船部門がのちのユニバーサル造船京浜事業所となる日本鋼管鶴見造船所なったとのこと。

さらに地図・空中写真検索サービスで航空写真を漁ってみると、すでに1944年(昭和19年)撮影の写真にその姿を確認出来ることから、このクレーンは工場創業当時から存在しているものと思って間違いないようです(正確に言えば作られたのは震災後だとは思いますが)。

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ちなみにクレーンが面している運河は旭運河で、その向こう側に見えるガスタンク↓が

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東京瓦斯鶴見製造所(東京ガス鶴見工場)の無水式有柱式瓦斯溜と呼ばれるもの。

このガスタンク(正確にはガスを貯蔵する物ではなく、一時的に溜めて置く場所だからガス溜め=ガスホルダーと言う)は、どうやら1930年(昭和5年)に造られた戦前建築物だそうですが、撮影当時にはそのようなことはまったく知りませんでした(笑)

*写真はすべて1987年撮影。




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by yokohama80s | 2014-06-15 00:08 | 鶴見・大黒埠頭 | Comments(2)
2014年 06月 08日

ハンマーヘッドクレーン・その二

国立国会図書館近代デジタルライブラリーで、新港埠頭建設当時のあれやこれやの写真が掲載されている大正6年に大蔵大臣官房臨時建築課が発行した「横浜税関新設備写真帖」という本を見ると、その中に、竣工当時のハンマーヘッドクレーンの写真も掲載されているのですが、それを見ると何か違和感が・・・・・・

なんかオリジナルの方が華奢な印象が・・・・・

80年代に撮影した写真と比べてみると、どうやら凹型鉄骨2本を使って元々の骨組みをサンドイッチするように補強してした為(特にカスガイ部分を頑丈に補強している)に竣工当時の華奢な印象から、現在の方がガッチリ頑丈に力強く踏ん張ってそびえ立っているように見えます。

もうちょっとわかりやすく言うと、写真の水平方向の鉄骨が建設当時のオリジナルの姿・・・・・・だと思います。

それはともかく、なにやら現在、某大学の校舎だか教室だか、芸術家向けのアトリエだかなんだかに使われている建物(昔の上屋を利用しているとするサイトもあるようですが、あれらはすべてみなとみらい再開発の時に新築されたモノ)を今年中に取り壊して、跡地が「ハンマーヘッドパーク」とやらになるんだとか・・・・・・って、この名前を初めて聞いてから10年近く経つような気がするのですが、いまだに青写真すら出てこないというのはどういうことなんでしょうか???

なにかよくわからないのでひとまず置いておくとして、何がどうなるにしても願わくば現在、自由に立ち入りが出来ない左突堤部分を解放し、横浜港の主ことハンマーヘッドクレーンをいつでも好きなときに近くに行って見ることが出来るようにし、さらに可能なら週末とか、それがダメなら月1でも、それすらダメなら季節の変わり目とか、はたまた開港記念月間の週末限定でも構わないのでクレーンのてっぺんまで登れるとか、南大東島でフェリーに乗下船するときのように人が乗ったカゴを吊り下げてグル~ッと一周するアトラクションとかをぜひとも実現して欲しいものです。

一度でいいから、このクレーンのてっぺんから横浜港を、または横浜を見てみたい、と思うのは私だけでは無いと思いますよ・・・・・・たぶん・・・・・・まあ現在でもクレーンが可動状態なら、という前提付きの話ですが。

ということで、前置きが長くなりましたが、今日はハンマーヘッドの鉄骨祭り(?)を↓

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このプレートって、もしかしてみなと博物館に展示してあるヤツ?


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*写真はすべて1987年撮影。



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by yokohama80s | 2014-06-08 00:05 | 新港埠頭 | Comments(0)
2014年 06月 01日

ハンマーヘッドクレーン・その一

新港埠頭の左突堤先端部にある通称ハンマーヘッドクレーンは、正式名称を50トン定置式電気起重機といい、1914年(大正3年)イギリス製(銘板には"1913"となっている)で、50トンジャイアントカンチクレーンとも言うそうです、などという細々した話はこちらにも書きましたので、ご興味のあるムキはそちらをどうぞ。

ということで、国立国会図書館近代デジタルライブラリーで大正4年刊行の「横浜税関新港設備概要」の起重機に関する記述を見ると、ハンマーヘッドクレーンの基礎部分は岸壁とは別誂えで設置されていることや、クレーン自体はイギリス製ではあるものの実際に組み立てたのは石川島播磨重工(当時は石川島造船所で現在のIHI)であること。

はたまた試験では65トンまで吊り上げたとか、イギリスからのクレーン部分の購入に95,555円(今で言うと約10億円弱)、基礎工事に5,066円(5千万円くらい)、据え付け組立に7,930円(8千万円くらい)の合計108,551円(今で言うと10億円ちょっと)費やしたなどということや、完成当時の写真まで載っています(ありがたや~ありがたや~)。

さらに大正14年度 大蔵省営繕局営繕事業年表」には、関東大震災により「50噸定置起重機ヲ始メ全部大破シテ使用ニ耐エズ」と書かれているにも関わらず、昭和4年に内務省横浜土木事務所が刊行した「横浜港震害復旧工事報告」に震災直後のハンマーヘッドの写真があり↓

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それを見ると実際には基礎部分が岸壁とは別に海底の岩盤層にガッチリ造られていたためにクレーン自体が陥没崩壊した岸壁にポツンとほぼ無傷と見える姿が写されていますし、さらにハンマーヘッドクレーンの修復工事の工期が8日間だったとも書かれています。

ということは、震災によるクレーン自体の被害はほとんど無かったものと考えて良さそうです。

そしてその後も、このクレーンはその場に仁王立ちを続け、震災の被害の様子やその後の復興の様子、さらに大戦中に八号岸壁で発生したドイツ軍艦爆発事故を間近で目撃し、横浜に甚大な被害をもたらした横浜大空襲やその後の米軍による接収、そして戦後復興、みなとみらい再開発と、横浜港の歴史、というよりも横浜の歴史をずっと見守り続けてきた、と言っても過言ではありません。

そういう点から考えると、このハンマーヘッドクレーンは、横浜港の主と言っても良い存在なのではないでしょうか。

ということで、今週と来週はハンマーヘッッドクレーンをまとめてド~ン、ということで、今週はクレーン全体かアーム部分が写っているモノを・・・・・・。

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*1984年撮影


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*撮影年の記載の無い写真はすべて1987年撮影。




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by yokohama80s | 2014-06-01 00:07 | 新港埠頭 | Comments(2)