週刊 横濱80’s

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2013年 04月 28日

海岸通2丁目 三菱倉庫横浜支店

 新港埠頭と橋を渡った本土側の海岸通には、新港埠頭内の赤レンガ1号倉庫の震災で焼失してしまった部分とその向かい、そして先週取り上げた新港橋を渡った所、さらに海岸通沿いに赤いスリーダイヤモンドマークが描かれた三菱倉庫が都合4ヵ所ありました(戦前から戦後にかけて赤レンガ2号倉庫前にもう1棟あったので、正確には5ヵ所)。

ということで今回は海岸通りの現在、県警本部ビルが建っている所にあった、三菱倉庫横浜支店のプレートが掲げられた事務所棟。

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 この建物が建てられた当時は、泣く子も黙る財閥系だっただけあって、なかなかご立派な建物をお作りになります。

 余談ですが実はこれらの写真を撮影した時にはまったく気がつかなかったのですが、事務所棟には建物の右側に板状の階段塔がついたてのようそそり立っていたようです。
「ようです」などと他人事のように言う理由は、最近になって、他人さまが撮影したこの建物の写真を見て初めて気がついたからなのです。

 言い訳のひとつ、ふたつもさせて頂ければ、当時の海岸通は街路樹が生い茂り、さらに電柱、電線が蜘蛛の糸のように空をはい回っていたもので、この建物の上の方を見てみようなどとは考えすらしませんでした。

というどうでもいい言い訳はこのあたりにして、現在の県警本部ビルが建っている場所には、三菱倉庫の建物が計三棟あったのですが↓

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*1983年の住宅地図より


歴史的建築総目録データで「中区海岸通」を検索すると、「三菱倉庫京浜支店 昭和4年2月築」、「三菱倉庫横浜支店 昭和9年」、「三菱倉庫横浜支店 昭和10年」と三つ出て来ますが、建てられた順番としては上の地図の番号順に昭和4年に①の倉庫棟が建てられ(ちなみに撮影当時は三つの建物共に「三菱倉庫横浜支店ビル」と「同海岸通営業所倉庫」という名称が正解のようです)、

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*海岸通側・その1


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*海岸通側・その2


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*正面向かって左の川西倉庫側


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*倉庫裏の運河側


次いで昭和9年に②の事務所棟が↓、

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そして翌年の昭和10年に③の倉庫兼事務所が②の事務所棟東側の凹凸にテトリス状にはまり込む形で建てられました↓。

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*当時、③の倉庫一階は日本綿花倉庫が使用していました。



*写真はすべて1981年撮影





*5月のUP予定
5月05日 北仲通5 帝蚕倉庫
5月12日 山下町203 加賀町警察署
5月19日 高島埠頭の市営上屋
5月26日 山下町106 旧森元歯科医院


*お知らせ
このたび5月放送予定の鶴見のケーブルテレビ局YOUチャンネル製作の「横浜ミストリー・フェンスの向こうのアメリカ~横浜本牧・米軍ハウスストーリー」に当サイトでUPした本牧地区の写真を数点提供させて頂きました。

放映日、放映時間などにつきましては、ご契約なさっているケーブル局の番組表でご確認下さい(たぶん横浜市内のケーブルテレビ局のほぼすべてで放映される・・・・・・と思います)。

今回はこの番組オハコのチープな再現ドラマ(ごめんなさいネ。でも個人的にはあのチープな再現ドラマは大好物ですwww)はなく、いたってマジメにジャーナルスティックに取り上げていてなかなか見応えがありますので、お暇とお時間とご興味のある方はぜひご覧下さい。

見てもゼッタイに損はしません(←コレ、ホント!)。

なおケーブルテレビ局と契約されていない方、契約はしているものの該当番組の放送予定が無い方・・・・・・ご愁傷さまあきらめてください。

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by yokohama80s | 2013-04-28 00:04 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)
2013年 04月 21日

海岸通1丁目・三菱倉庫横浜支店新港三号倉庫

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*1982年撮影
(三菱倉庫新港三号倉庫。ちなみにペンキで消されたマークは進駐軍によって描かれたエンジンリペアショップのマークと思われます)


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 新港埠頭から新港橋を渡った先、横浜税関と道路と山下臨港線の高架橋を挟んだ向かい側の運河沿い……今で言うとちょうど象の鼻パークがある所に壁にスリーダイヤモンドが描かれた三菱倉庫の古びたノコギリ屋根の倉庫が新港一号、二号、三号倉庫の三棟連なっていました。

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当時の大桟橋連絡橋から見た手前が三菱倉庫新港一号倉庫、その奥が同じく二号倉庫


例によって歴史的建築総目録データベースを見ると該当する倉庫は出ていませんが、昭和6年の「横浜税関陸上設備復旧図」には、すでに海側よりA号、B号、ニ号(カタカナの「に」)の三棟記載されていることや、当時の航空写真などにも写っていることから、この頃に建てられた倉庫であると考えて間違えないようです。

という建築マニア的な話は置いておくとして、ここで不思議なのは倉庫が同じ場所に三棟並んで建っているのに、その名称がA、BにCではなくてなぜかカタカナの「ニ」であること。

あれやこれやの古地図を見てみると、どうやら震災前のまだ新港埠頭が税関埠頭などと呼ばれていた時には、民間倉庫にはアルファベットを、税関の上屋にはレンガ倉庫は現在の1号が甲号、2号に乙号、木造倉庫にはイロハを割り振っていて、万国橋を渡った右側にあったものの震災後に無くなった倉庫がイ号上屋、赤レンガ1号倉庫の向かいにあり震災後に三菱ロ号倉庫になった倉庫がロ号上屋、震災後に6号と7号岸壁の間に建てられた上屋がハ号1号上屋とハ号2号上屋となっているので、その流れでニ号倉庫となったのだろうと思われますが、震災前の地図を見ると三菱ニ号倉庫があった場所には共同運輸倉庫と書かれているし、当時、西波止場にあった横浜税関横の現在、分庁舎があるあたりにもイロハやら1,2,3と番号がふられた倉庫があるし・・・・・・???

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*1987年撮影
(こちらは旧B号倉庫こと新港二号倉庫)


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*1987年撮影
(同上)


ちなみに現在この場所は、象の鼻パークというスッカラカンな場所になっています。





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by yokohama80s | 2013-04-21 00:04 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)
2013年 04月 14日

高島埠頭 表高島駅

東海道貨物支線こと高島線の表高島駅は、高島埠頭の突端に1934年(昭和9年)に 開業した貨物駅で、便宜上いちおう「駅」となっていますが駅舎などはありませんでした(詰め所があったらしいが、どこにあったのか記憶にありません)。

さらにこの駅の面白いところは、高島駅から表高島駅までは直線で200 mしかないところをなんと1.3 kmも遠回りするという点。

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*昭和39年・横浜市三千分一地形図より


なにせ昔の地図を見るとおわかりいただけると思いますが、表高島駅は高島駅と埠頭の入江を挟んで反対側。

そういうことで高島駅を出た列車は、現在のみなとみらい線高島駅のちょうど真上にあたるみなとみらい通りとすずかけ通りの交差点から高島線と分岐して左に急カーブ。

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*①高島駅を出て最初の踏切(臨港踏切)から高島駅方向を見るの図


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*②旧ジャックモールウエスト(46街区)の西側で、ちょうどこの辺りがカーブの頂点


両脇に倉庫を眺めながら一号桟橋の根本を通り↓

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*③現在の旧ジャックモールWESTとEASTとの間あたり


一号桟橋基部の踏切↓を

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*④一号桟橋入り口。すでに桟橋沖合の埋め立てが終了しています。


過ぎたあたりから線路は直線になり↓

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*⑤現在の旧ジャックモールイースト(45街区)の中心あたりからマリノスタウン方向を見るの図


倉庫脇をかすめるように通って↓

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*⑥現在のみなとみらい五丁目交差点の旧ジャックモールイースト側


かすめるように通って↓

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*⑥同上


線路側に貨車への荷物積み下ろし口がある冷凍倉庫脇を通って↓

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*⑦同上


さらに二号桟橋の根本を通過して

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⑧車止めが2号上屋前へ行く線路。撮影時には線路は撤去済み。


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*⑨かつては二号上屋内に線路が引き込まれていた


三号桟橋の根本を過ぎて、

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*⑩建設当時は上屋内に線路が引き込まれていた三号上屋


今で言うと京浜湾岸事務所の先にあった埠頭突端で終点↓。

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*⑪1984年撮影


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*⑫の写真の三年後


ちなみにこの路線は、これらの写真を撮影する以前の1982年(昭和57年)に廃止になっています。

*写真1984年~1987年撮影

*関連記事
高島埠頭
高島埠頭の市営上屋
高島埠頭 その2
東海道本線貨物支線 高島駅



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by yokohama80s | 2013-04-14 00:06 | 高島埠頭 | Comments(3)
2013年 04月 07日

山下臨港線 

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*①1987年撮影(右側の線路が東西上屋へ向かう通称・税関線、左のトタン張りの建物が三菱ニ号倉庫)


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山下臨港線は、1958年(昭和33年)の山下埠頭の完成から遅れること7年の1965年(昭和40年)に、すったもんだの大騒ぎのすえに新港埠頭から山下埠頭までが開通した東海道本線貨物支線の一部で、現在は山下臨港プロムナードという遊歩道として山下公園までの高架橋が残されています。

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*2012年撮影


とは言うものの、実際には1912年(大正元年)に新港埠頭内の横浜港駅から、西波止場の旧横浜税関庁舎裏(震災前までは東西倉庫のあった場所に横浜税関庁舎があった→当時は日本大通のドンヅキ真正面に税関庁舎がデ~ンと鎮座していた)までの路線が作られ

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*②1987年撮影(現在の象の鼻パーク。高架線が山下臨港線で下の線路が税関線)


この時、人工島の新港埠頭から本土(?)側に線路を通す為に架けられた橋が↓

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*③1987年撮影


今年で満100歳になる新港橋梁の鉄橋。

新港橋梁は、現在は山下臨港線プロムナードの新港埠頭側の起点となる橋(正確には新港橋を渡った先にある象の鼻パークが起点ということになっていますが、こまかいコトは気にしない気にしないwww)で、

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*2012年撮影


この鉄橋が現存しているということは喜ばしいことなのですが、ペイント描きの「新港橋りょう」という文字も残して欲しかった、と思うのは私だけなのでしょうか?

まあそれはともかくとして、山下臨港線の高架橋は景観に配慮して意外に低い所を走っていて↓

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*④1987年撮影


大桟橋入り口では、なにげにウェルカムゲート風だったり↓

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*⑤1981年撮影


山下公園前あたりでは、公園通りと山下公園の間を高架橋が通っていたのですが、高架橋の両側は上手いこと街路樹に隠されてマリンタワーか、ニューグランドの上層階からでないと線路を見ることが出来ないようになっていました。

そして線路は山下埠頭へ左巻きして山下埠頭内の山下埠頭駅のヤード(操車場)に到着。

山下臨港線の終盤では、群馬へのビール用の麦芽輸送列車が有名でしたが、撮影当時の山下埠頭には葉たばこを扱う倉庫があり、JT(当時は日本専売公社)の宇都宮工場向けの葉たばこ輸送も貨車で行われていました。

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*⑥1982年撮影(現在、横浜航空貨物ターミナルが建っているあたりにあった操車場にて)


そしてこの通称・山下臨港線は、諸般の事情(?)により、1986年に廃止されるのですが、その3年後の1989年に死んだはずなのにラスト間際で生き返る安手のアクション映画のヒールの如く、日本丸~山下公園までが半年ちょっとのあいだ復活し、レトロ列車とやらが走っていたそうですが、不覚にもまったく記憶にございません(^^ゞ


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by yokohama80s | 2013-04-07 00:05 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)