週刊 横濱80’s

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2012年 07月 29日

横浜港駅 計重台

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*1981年撮影


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*1983年撮影


横浜港の各岸壁を結んでいる旧国鉄の貨物線は、正式名称はただの東海道本線貨物支線で、高島から桜木町駅の下にあった東横浜を経由して新港埠頭の横浜港駅までを通称・横浜臨港線、さらにその先の山下埠頭までを山下臨港線と呼ぶんだそうです。

私はズボラな性格なもので、どれもこれもただたんに「貨物線」と呼んでいました。

それはそれとして上の写真は、十一号上屋の手前にあった鉄道用の計量台。

今でいうとJICAのあたりでしょうか。

要は大きな秤のことで、荷物を積み込む前にここで一両一両貨車の重さを量り、荷物を積み込んだら再び重さを量って、その重量差で荷主に料金を請求するのに使用していたようです。

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*1983年撮影




*2012/09/01 計量小屋の写真を追加しました。
*2012/09/15 計量小屋内の秤の写真を追加しました。
 

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by yokohama80s | 2012-07-29 00:05 | 新港埠頭 | Comments(0)
2012年 07月 22日

新港埠頭 石畳

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*1983年撮影(五号上屋南側=万国橋側)


1916年(大正5年)に竣工した当時の新港埠頭内の道路は、万国橋や新港橋方面から二つの突堤の真ん中を通っているような幅員18~21mの幹線道路は24cm×9cmの花崗岩ブロックによる舗石道こと俗に言う所のピンコロ舗装による石畳。

左右の岸壁を東西に結ぶ幅員14~18mの幹線道路は砕石道(現代の感覚で言うと砂利道)、それ以下の幅員の道路は砂利道(現代の感覚で言うと庭園などの遊歩道に見られるような小砂利を敷き固めたモノ)で作られ、上屋脇まで引き込まれていた鉄道線路も路面電車の軌道のように石のブロックで覆い、上屋の周りは45~60cm角の花崗岩パネルが敷き詰められていて、関東大震災後の災害復旧の時も基本的に震災前に道路に敷かれていた石材を再利用し、不足した分を新しく調達したそうです。

しかし80年代の撮影当時には、ピンコロ舗装がされていた幹線道路は、石畳の上からアスファルトで舗装し、路面が痛んでアスファルトが剥がれた部分からピンコロ舗道の路盤が顔を覗かせ(この区間を車で走ると、どんなに徐行して走ってもあまりの振動の酷さで建て付けが悪かったルームランプカバーが必ず落下したものですw)↓。

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*1981年撮影(10号上屋前の中央道路脇にて)


岸壁上屋の周りや歩道は一番上の写真のような丸石やブロック状の板石敷きが残っていて

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*1982年撮影(赤レンガ二号倉庫前にて)


往時を偲ばせていました。

ということで、これらの写真をご覧になればおわかりのように、現在、赤レンガ倉庫のあたりなどに敷かれている石畳のうち、段差が無いキレイなモノはみなとみらい再開発時に新たに敷かれたモノですのでご注意アレ(2号倉庫の中央あたりのモノが昔からある石畳です)。



*2012/09/01 写真を追加しました。
*2013/01/08 一枚目の写真を6号上屋としていましたが、5号上屋と判明しましたので訂正しました。

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by yokohama80s | 2012-07-22 00:04 | 新港埠頭 | Comments(0)
2012年 07月 15日

PL125 巡視船かとり

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*1987年撮影


この巡視船は、新港埠頭の四号岸壁突端にあった海保専用桟橋ではなく、なぜか九号岸壁の突端にある桟橋に係留されていました。

写真に写っている「PL125」という艦船番号から調べてみたところ、銚子保安部所属の"巡視船かとり"と判明。

クラシカルな舳先の波よけから、「相当、古い船だろう」と思っていましたが1980年建造で今だ現役。

さらにマニアの方のサイトを覗いてみましたら、この船は今でもよく横浜にやってきているようです。

この時も、なにかの用事か任務で横浜にやって来て、「ヨソ者だから」ということで専用岸壁ではなくてここに係船させられたのでしょう......なんてことはなく、ただたんに専用岸壁が一杯だったからこちらに係船したのだと思います。   


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by yokohama80s | 2012-07-15 00:09 | 新港埠頭 | Comments(0)
2012年 07月 08日

新港埠頭 米海軍冷蔵施設

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*1983年撮影(左が新港倉庫、真ん中の四棟続きの建物には"NAVY COLD STORAGE FACILITY YOKOHAMA"のエンブレムがある)


現在で言うと新港1丁目4番地、80年代当時で言うと横浜港駅のヤードの北側にあった新港倉庫、三井倉庫、横浜冷蔵庫と、六号岸壁と七号岸壁の突堤を結んでいた道路を挟んで七号岸壁が、終戦後から1994年(平成6年)に返還されるまでの間、冷蔵施設として米海軍に接収されていました。

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*1981年撮影(新港倉庫への引き込み線)


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*1982年撮影(新港倉庫)


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*1987年撮影(七号岸壁/七号上屋は1942年に起きたドイツ軍艦爆発事故により倒壊した)


この一帯の冷蔵倉庫は、接収直後から冷凍船で横浜港へ大量に運び込まれた食料品を、冷蔵貨車に積んで全国の米軍基地に配送するまでの一時貯蔵所としての役割を担っていました。

その後、国内に進駐していた米軍基地は減少し、80年代当時は主に米軍艦船向けの冷凍食品などの保管に使用されていたようです。

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*1982年撮影(左端が横浜冷蔵倉庫、右が三井倉庫、真ん中は二つの倉庫を繋ぐ渡り廊下兼入り口棟)


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*1983年撮影(入り口に掲げてあった看板)


余談ではありますが80年代当時、「あの倉庫では米軍向けのアイスクリームが作られている」という話がまことしやかに囁かれていましたが、アイスクリームを作っていたのは東神奈川、というより京急・神奈川新町駅と旧国鉄(現・JR)の線路の間の神奈川区亀住町に2000年まで操業していたミルクプラント(現・保育園)。

他にも1977年(昭和50年)まで、横浜駅東口北側の旧神奈川駅があったあたり、今で言うとコーヒー会社のビルがあるあたりに米軍のパン工場がありました。

ということで話を元に戻しますと80年代頃は、これらの冷蔵施設への品物などの搬入搬出を行っている様子もなく、接収区域で一番大きな新港倉庫もご覧のように廃墟になっているし、七号岸壁も冷蔵施設が稼働している様子もなく、横浜冷蔵倉庫と三井倉庫の建物の中でコンプレッサーが稼働している音がするだけでした。


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by yokohama80s | 2012-07-08 00:03 | 新港埠頭 | Comments(4)
2012年 07月 01日

第五消防署

横浜根岸住宅地区こと通称・根岸ベース、はたまた根岸キャンプ、英語では......忘れました(正解はエリアX)。

まあそれはそれとして、旧根岸競馬場跡地の根岸森林公園の外周を右回りにテクテテク歩くと、根岸旭台交差点のあたりで道路右手に消防署があります。

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*1984年撮影


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*1984年撮影


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*1984年撮影


*1984年撮影


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*1984年撮影


建物には「FIRE STATION No.5(第五消防署)」の文字と、ガレージには古めかしいいかにもアメリカンな消防車が↓

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*1984年撮影


聞いた話では、この消防署はあくまでもアメリカ海軍の消防署で、米軍根岸キャンプの400戸余りの米軍住宅の消防を担っていて、例え消防署近くの日本人の家が火事になって119番しても、ここの消防車は出動しない建前になっているのだそうです。

でも火事を見たら消したくなるのが世界共通の火消しの性分でしょうから、目の前で家が燃えていたら要請がなくてもここの消防車も駆けつけるとは思いますが、2002年にこの消防署が電気配線のショートから火事を出して、近隣から駆けつけた横浜市消防局の消防車15台でようやく消し止めた、という何かのブラックジョークかと思うような出来事がありました。

なにやら火事により電源が落ちて、消防車が入っていたガレージのシャッターが開けられなかったんだそうです。

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*1984年撮影


上の写真は新港埠頭米軍接収区域にあった、「あなたの火災予防の最高の武器はなんですか?」と書かれた米海軍版火の用心の看板。

"武器"と言うあたりが、いかにも軍隊らしいのですが、第五消防署の最高の武器は「119番」......なんてね(元々、この消防署は米軍住宅地区での初期消火を担っているだけで、イザ火事が発生したら頼まれなくても横浜市消防局が助っ人に馳せ参じる手はずになっている) 
  

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by yokohama80s | 2012-07-01 00:04 | 根岸、金沢地区 | Comments(0)