カテゴリ:大桟橋・海岸通( 21 )


2012年 05月 27日

西波止場

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*1982年撮影(右手にある5階建てのビルは、現在は4階建てに改築されている掖済会ビルこと掖済会大桟橋船員診療所)


象の鼻というのは、現在の象の鼻パークと大桟橋根本部分に挟まれた波止場のことで、1859年(安政5年)の開港時に現在、象の鼻と呼ばれた外国貿易に使用された東波止場と、現・象の鼻テラス前の岸壁の内航貨物用に使用された西波止場の二つの突堤からなる波止場のことで、双方を合わせて東西波止場と呼ばれ、まさにこの場所が横浜港発祥の地となります。

その後、1864年(元治元年)に現在のニューグランド前(現在、氷川丸が係留されているあたり)にも波止場が建設され、そちらを東波止場またはフランス商館が近くにあったことからフランス波止場と呼ぶようになり、象の鼻にあった波止場を西波止場、またはイギリス領事館(現・開港資料館旧館)が近くにあったことからイギリス波止場、さらにのちにアメリカからの貨物を多く扱うようになったことからメリケン波止場と呼ばれるようになりました(鉄桟橋こと大桟橋が出来る前の話です)。

やがて大桟橋や新港埠頭などが建設されると、海岸通り一丁目から大桟橋にかけて写真のような木造モルタル二階建ての小さな乙仲の事務所が軒を並べて、輸出貨物の船積、輸入貨物の荷卸し、国内運送などの手配や、通関、はしけ運送、沿岸荷役、その他貨物の荷役・通関業務を幅広く行っていました。
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*1982年撮影(回船業者の事務所)


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*1982年撮影(二枚目の写真の裏、大桟橋に向かう道路側にあった乙仲の事務所)


現在、象の鼻側の建物は再開発事業により取り壊されてしまったようですが、大桟橋通沿いのいくつかの建物は小洒落たレストランなどとして今も現存しています。 


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by yokohama80s | 2012-05-27 00:14 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)