週刊 横濱80’s

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2016年 06月 19日

海岸通3-13 武山ビル

 現在、海岸通3-9にある日本郵船歴史博物館こと日本郵船横浜支店ビルと海岸通を挟んで向かい側にはマンションが建っていますが、その昔は↓

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海岸通3丁目交差点のカドには↓

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-写真①-


1950年(昭和25年)から1955年(昭和30年)の間に建てられたエヴェレットスチームシップ横浜支店があり、その隣りの3丁目13番地には白いタイル張りの三階建ての↓

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-写真②-


1957年(昭和32年)から1963年(昭和38年)のあいだに建てられ、内部にレストラン、雀荘、喫茶店、宴会場などがあったニューピータースグリルビルがあり、そのまた隣りのもうひとつの3丁目13番地に↓

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-写真③-
*1980年撮影(郵船ビル前から海岸通を挟んでニューピータースグリルビル、武山ビル)


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-写真④-
*1981年撮影(武山ビル)


ナゾの紋章が掲げられた武山ビルがありました。

 このビルに関しては、上記のリンク記事をUPした時には名称と戦前に建てられたらしいこと以外には一切不明だったのですが、その後もこのビルはいつ、だれが、なんのために建てたのかをいろいろ調べてみた結果、ネットでは海岸通3丁目界隈が写っている写真が1934年(昭和9年)のモノしか見つからないうえに、昭和9年に撮影された写真で↓

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-写真⑤-
*1934年(昭和9年)に撮影された航空写真より


該当する建物を確認できることから、現時点では「このビルは昭和9年以前に建てられた」ということしか判明していません。

 つぎは「だれが?」ということに関してですが、横浜市勧業課の「横浜市商工案内」や、横浜商工会議所の「横浜商工名鑑」を紐解くと、震災後に該当住所に所在していたのは、縄、筵、麻袋、荷役用材料などを扱っていた青柳商店と、沿岸荷役労務供給と運送業を営んでいた大正15年創業の中嶋屋のふたつ。

 このうち中嶋屋の方は、昭和8年から12年のあいだに武山組と名称を改めていることと、「市史通信 第11号 -占領下の米軍施設-」に、オルモクアパートという名称で1945年(昭和20年)から1952年(昭和27年)まで米軍に接収されていた建物名に「武山ストア」という記載があること、さらに1990年代に取り壊されるまでの名称が「武山ビル」だったことなどを考え合わせると、このビルは武山組こと中嶋屋によって建てられたモノということになるようです。

 そうなるとこのビル正面に掲げられたナゾの紋章は、

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-写真⑥-
*1981年撮影


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-写真⑦-
*写真⑥より紋章部分を拡大


中嶋屋こと武山組のモノということになるのですが、「なぜにして稲穂を束ねるの?」とか、「左右に4つづつある花はなに?」などについては相変わらずナゾのままです。




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by yokohama80s | 2016-06-19 00:06 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)


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