2014年 12月 21日

海岸通り界隈

旧生糸検査場の建物を左手に見ながら万国橋通りを進み、海岸通四丁目交差点を右に折れるとそこからは海岸通りになります。

確か撮影当時の80年代初め頃には、交差点角の相模ビル1Fにルノアールがあったような記憶が……。

まあそのあたりは置いておくとして、取りあえず海岸通りを山下公園方向に進むと海岸通3丁目の左側には郵船ビルがあり↓

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*1981年撮影(1936年/昭和11年築の日本郵船横浜ビル)


その向かいには2階建てながらモダンな雰囲気のエヴェレットスチームシップ横浜支店があり、その隣りにレストラン・ニューピータースグリルが入ったビルがあり、さらにその隣にはナゾの紋章が埋め込まれた昭和初期に建てられた武山ビルがあり↓。

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*1981年撮影(昭和初期に建てられた武山ビル)


で郵船ビルの隣りが、1950年(昭和25年)に建てられた横浜ビルで、その奥の運河側に現在はバンクアートとかなんだかという意味不明の名称が付けられた旧川西倉庫があり↓

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*1982年撮影(右に写っているのが三菱倉庫横浜支店海岸通営業所倉庫)


その隣りの現在、県警本部がある場所には三菱倉庫横浜支店と三菱倉庫横浜支店海岸通営業所倉庫があり

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*1981年撮影(1929年/昭和4年に建てられた三菱倉庫横浜支店海岸通営業所倉庫を海岸通り側から)


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*1981年撮影(1934年/昭和9年に↑の隣りに建てられた三菱倉庫横浜支店)


そして海岸通りを挟んで三菱倉庫の向かい側にあったのが海事ビル↓

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*1981年撮影(昭和初期に建てられた海事ビルの元浜町側入口)


で三菱倉庫の隣りにあったというか、今もあるのが、建設時に当時の税関長が「国の建物が県庁より低いとは何事か!」と一喝してあの特徴的な塔屋部分が追加されたという伝説(?)がある1934年(昭和9年)に建てられた横浜税関本関庁舎があり↓

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*1982年撮影(西門玄関の柱頭部分)


そして税関庁舎の西門玄関(今で言うと「カスタム君」人形が置いてある資料展示室入口)の脇にあったのが税関西門

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*1982年撮影(この門柱は高さが低くなって新港埠頭旅客ターミナル入口門柱として移築されたようです)


さらに海岸通りを進むと海岸通1丁目の2棟連なったスクラッチタイルが特徴的な3階建ての建物が、通関事務代行業者が入居する建物として建てられたカストムブローカービルディング(カストムブローカー=カスタムブローカー=通関事務代行者)。

あれやこれやの情報を総合すると、どうやら2棟のうち正面向かって左側の昭和ビル(この建物は中央を境に所有者が違うようで正面左側が並木ビル、右が昭和ビルなんだそうな←建物の裏側に行くと左右で色が違っている)が1929年(昭和4年)築で、右側のキッコーマン横浜支社ビルが1931年(昭和6年)の築で、外観上は2棟の独立した建物に見えますが、実際には1階部分で繋がっていました。

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*1981年撮影(現・昭和ビル左側……撮影当時の住宅地図によると藤本ビル、グーグルマップでは並木ビル側の入口)


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*1981年撮影(同じく階段)


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*1982年撮影(昭和ビルのウラ側)


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*1982年撮影(キッコーマン横浜支社ビルのウラ側)


そしてカストムブローカービルディングの先に、東西上屋倉庫の開かずの門……というか塀があり、その先に1929年(昭和4年)に大倉商事横浜出張所(大倉商事の大倉とは大倉財閥のことで、ホテルオークラのオークラでもある←ヘンな説明ですが)として建てられた現・海洋会館ビルがあり↓、

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*1982年撮影(手前が横浜海洋会館で奥が貿易会館)


そのさらに隣りに海洋会館と同時期に同じ建築家により設計され、同じ会社の施工により建てられた大桟橋方向に折れ曲がったL字型の横浜貿易会館ビルがあります。

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*1981年撮影(当時、増築部分側にあったビル入口)


現在、海洋会館と双子ビルを形成している貿易協会ビルは最初にエキスプレスビル側と言うか、旧税関東門(戦前は貿易会館とエキスプレスビルのあいだというか、貿易会館の裏手に税関東門があった)側というか、大桟橋側のL字型のカド部分が1929年(昭和4年)に建てられ、1937年(昭和12年)に旧大倉商事横浜出張所ビルこと海洋会館ビル側が増築され、ここにめでたく(?)二組目の双子ビル……というよりも、海岸通り沿いにスクラッチタイルの四つ子ビルが連なることになり、この界隈に一種独特の雰囲気を醸し出す景観が形成されることになりました。

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*1981年撮影(レストラン・杉の木。確かスカンディアの下にあったような気がするんですが……?)


しかしカストムブローカービルディングの双子ビルの右側のキッコーマン横浜支社ビルは2000年(平成12年)に、そしてその裏にあった旧日本海軍霞ヶ浦飛行隊の格納庫を移築した東西上屋倉庫も2008年(平成20年)に取り壊され翌2009年(Y150が開催された年)に象の鼻パークが跡地に作られました。

これにより海岸通りに並んだ四つ子ビルが象の鼻パークの広場によって分断され、昭和ビル一棟だけがポツンと取り残されている景観は、横浜市による「歴史を生かしたまちづくり」の形骸化を象徴しているように私には思えて仕方がありません(「歴史を生かしたまちづくり要綱」が制定されたのは1988年)。

ということで気を取り直して話を元に戻すと、横浜貿易協会ビルと税関東門、当時は東西上屋倉庫の門に入る道を挟んで隣りにあるのが↓

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*1981年撮影


1930年(昭和5年)に建てられたエキスプレスビル(ちなみに"みなと寿司"はこのビルの地階にあったそうです)

そして臨港線の高架をくぐって大桟橋に向かうと、旧マリン商会の建物2棟(現HAMA CAFEと設計事務所)と、旧ジャパンエキスプレスコンピューターセンターなどの昭和初期に建てられた木造モルタルの小さいながらも雰囲気満点の建物が現在も残っています。

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*1982年撮影(西波止場側のこの建物だけが取り壊されました)


ちなみに↑の写真に写っている建物と、その左のアンテナ塔のある建物は航空写真を確認すると、どうやら戦後1950年頃に建てられた物のようです。

ということで、1983年に日本建築学会が日本各地に存在する明治大正昭和初期の建築物をリスト形式にして出版した「日本近代建築総覧」という本には、海岸通にあった建築物が17軒記載されていますが、このうち2014年現在も現存している建物は7軒。

この本のリストに含まれていない大桟橋入口付近の、現ブルーブルーヨコハマ、自転車店、設計事務所、ハマカフェなどを含めると実際には22棟中11棟(すでに取り壊された西波止場上屋や水上署その他は含まれていません)が現存していて、そのすべてが海岸通りから開港広場前交差点~大桟橋の海側の海岸通り1丁目1番地に存在し、現在でも戦前から高度経済成長期にかけて横浜港が活況を呈していた頃(あいだに大戦が挟まりますが)を偲ばせる横浜で唯一の場所となっています。



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by yokohama80s | 2014-12-21 00:06 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)


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