2014年 05月 11日
現在、日本大通りの港郵便局あたりの横断歩道を渡る時に港の方に目をやると、臨海線の高架越しに新港埠頭と大桟橋に挟まれた横浜港発祥の地でもある西波止場(西波止場に関する能書きはこちらをご参照下さい)とその先の海面を見ることが出来ます。 まあ景観的に「日本大通りの先に海がデ~ンと見えたらかっこいいじゃん」と思ったのかどうかは定かではありませんが、実は開港時には現在、県庁があるあたりに運上所と蔵や役宅などがありその周りはぐるりと黒塗りの高塀で囲まれ、波止場に至る道には関が設けられていたし、その後、1866年(慶應2年)の豚屋火事をきっかけに、日本人居住地と外国人居住地の間に防火帯として幅120フィート(約36m)の日本大通りが作られた時にも、東西上屋があったあたりに蔵がデ~ンと建っていたし、その後、税関が日本大通りのどん詰まりに移転したらしたで日本大通りは横浜税関庁舎へ至る参道のような存在になってしまったし↓ 震災によりその税関庁舎が倒壊焼失した後も、税関庁舎跡にはカストム・ブローカー・ビル(すでに取り壊されたキッコーマン横浜支社ビルと現存する昭和ビルはもともとふたつでワンセット)、波止場側には東西上屋が建っていたし、さらに後年になって山下臨港線の高架が作られたので、歴史的に見ると現在のように日本大通りから西波止場とその先の海が見えたことは無かったと思われます(敢えて言えばペリー提督ご一行さまが上陸した時くらいだけど、その時には日本大通りはまだ存在していなかった)。 というこで、どういう主旨と経緯で、カストム・ブローカー・ビルを半分取り壊して現在のようなスッカラカンの景観にしてしまったのかは知るよしもありませんが(なにやら近い将来、貨物線の高架橋も邪魔だから取り壊すとか壊さないとか???)、 (この位置から見るとカストム・ブローカー・ビルの片割れだったキッコーマンビルは意図的に取り壊されたような気が・・・・・・) それはそれとしてとにもかくにもみなとみらい以前に西波止場へ行こうと思ったら、大桟橋から物揚場沿いに歩くか、回漕会社の軒先をかすめるようにして忍び込むか、はたまた新港埠頭の西門のあたりから倉庫と倉庫の間を通ってさらに臨港線の低い高架線をくぐってようやくたどり着けることから、表通りは観光客でひしめいていても一本裏手のこのあたり一帯では、観光客の姿を見ることなど皆無なちょっとした秘境のような場所でした。 *参考までに上の航空写真に写っている建物その他の過去記事は以下からどうぞ。 西波止場 横浜税関西門 山下臨港線 海岸通1丁目 三菱倉庫京浜支店ニ号倉庫 海岸通2丁目 三菱倉庫横浜支店 海岸通3丁目 エヴェレットスチームシップ横浜支店 海岸通3丁目 ニューピータースグリル 海岸通1丁目 エキスプレスビル 海岸通1丁目 現・HAMA CAFE 海岸通1丁目 大桟橋入口界隈 大桟橋 北仲通2丁目・興亜火災海上保険横浜支店
by yokohama80s
| 2014-05-11 00:03
| 大桟橋・海岸通
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