週刊 横濱80’s

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2013年 11月 03日

山下町118 南海洋行

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その昔、太平道の同潤会アパートの前からテクテクテクテク歩くと中山道と出会ったその先に、中華街には珍しい写真のちょいと小洒落た洋館風の建物が在りました。

どうやら現在の地図を見ると、80年代には開港道というか北京小路というか、昔のホリデーインというか、今のローズホテルのはす向かいにあった留日広東会館が現在、この場所に移ってきているようです。

さらに例によって古地図でこのあたりを見てみると、戦前の地図に該当の建物らしきモノの記載があることから、もしかすると戦前に建てられた可能性も無きにしも非ず・・・・・・かもしれません。

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で、写真には正面入口になにやらゴチャゴチャと書かれた看板が出ていますが、それを拡大して読んでみると曰く、

「この建物は1888年生まれで1980年に92歳で逝去したソ連国籍の某の所有であり、当職が遺言執行人の指名を受けてこの建物の管理処分を任されている云々かんぬん。
よって自分の許可無く借家人以外がこの建物に立ち入ったら訴えるゾ」

というようなことが書かれています。

どうやらこの建物は、遺産相続争いの渦中に置かれていたのか、はたまた地上げの嵐に晒されていたようです。

というような生臭い話は置いておくとして、この告知からわかることは、この建物の所有者の方は、1888年生まれということは、1917年に起こったロシア革命の時には29歳だったワケで(終戦後だと60歳前後)、そうなると革命を逃れて横浜にやって来た亡命ロシア人・・・・・・でもソ連国籍のままという点が「?」なのですが、共産党政権が倒れたらロシアに戻るつもりだったのでしょうか?

あと9年で、長年、異国の地で待ちに待ったその瞬間がやって来たのに・・・・・・

などと今頃になって感慨にふけっていますが、実際には戦後になって横浜に来た人かもしれないのにね(笑)

とにもかくにも、当時でも、山手の丘の上以外では目にすることの無かった木造洋館で、個人的にはどこかに移築して保存して欲しかったなぁ・・・・・・などと思ってしまいます。

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*写真はすべて1981年撮影



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by yokohama80s | 2013-11-03 00:03 | 山下町 | Comments(0)


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