週刊 横濱80’s

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2013年 09月 22日

海岸通1丁目 現・HAMA CAFE

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今日のタイトルを見て「うん?」と思った方もおいでになるかと思います。

そうです、いつもは撮影当時の名称を使っているので、この建物を取り上げている建築マニアの方々にならってこの建物の名称を「マリン商会」にしようかとも思いました。

ところが写真を見てもおわかりのように当時、「マリン商会」は現在、設計事務所が入っている写真左の建物にあり、現在、 HAMA CAFEが入っている写真の建物は、通りに面した部分には「内外商運」が入っており、その裏側に入っていたのが「マリン興業」。

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となると、この建物の名称に便宜的にとは言え「マリン商会」というのは適当では無いような・・・・・・

かと言って、建物正面のレリーフにある「YHM」にしようと思っても、そもそも「YHM」の「Y」が横浜の頭文字だろうことは想像がつきますが、残りの「HM」がいったい何の略だか・・・・・・

ちなみにマリン商会という会社は現在も営業を続けていて、そのHPによると、創業が1969年で、80年代当時には船舶洋品、造船機器の販売、納入代行と海上コンテナの修理及び修理部品の販売を行っており、マリン興業の方は写真に写っている看板を見ると、「通船、綱取、台船、納品代行」を、また建物の裏手、西波止場に停まっていた「商会」のトラックには有限会社とあり、「興業」の看板には「KK]とあることから株式会社、と言う点から「興業」が先で「商会」がその下なのか、それともまったくの別組織なのか・・・・・・

さらに「内外商運」という会社は、戦後、専売公社の委託を受けて塩の輸送によってノシてきた四国だかあっちの方の船会社のことか、はたまたかつて横浜市内にGSを展開していた会社のことなのか、そしてこの二つの組織は同一の会社なのか???

とにもかくにもなんだかよくわからないので、わかりやく現在の建物の名称を使用することにしました。

という前置きはここまでにして、歴史的建造物をハリボテ建て替え化して固定資産税の増収に余念がない横浜市がどういう風の吹き回しなのか、海岸通1丁目だけは建築制限かなにかを掛けているようで、この近辺には震災後に建てられた一連のビル群が辛うじて残されていて写真の建物もその一つ。

歴史的建築総目録データベースによると、この建物の右隣にある"ジャパンエキスプレス・コンピュターセンター"こと"ニューヨコハマエキスプレス分室"が昭和11年(1936年)築となっていることや、1934年、36年(昭和9年、11年)に撮影された写真を見ると、どうやらこの並びの建物群は同時期に建てられたものと思われます。

ということで、そういう細かい話は近代建築マニアの方々に丸投げしてしまうとして、現在も大桟橋に行けばこの建物を見ることが出来ることから、僭越ながらその時にツレにドヤ顔で自慢出来るネタをひとつ(私がそう思っているだけなのですが・・・・・)。

それは現在、この建物を使用しているお店の切り文字看板に隠れてしまっていますが↓

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↑の部分。

まだわからない方は、瞬きしないでジ~ッと注目してみてください。

わかりましたか?

よ~く見てください、アルファベットのYHMを竹を組み合わせた風に作ってあります。

さらに良く見ると、普通はこういうレリーフは、石膏とか木型、金型などの型を使って作るものなのですが、このレリーフは「YHM」を囲む円は、幼稚園児の粘土遊びよろしくいかにも手のひらでコロコロ転がして作った風ですし、「YHM」の文字もコテで細工したのが明らかという、いかにも手作り感満点のレリーフです。

なにやらこのレリーフを見ていると、

「よお~だんな、ここんとこフツーの文字にしたっておもしろくもなんともねぇ~だろ。こんなふ~に竹を組んだみたくしたらかっけぇ~んじゃね?」
「それはいいけどメンドーじゃないかい?」
「なに言ってやがる! そんなもなぁ~ちゃっちゃっとできらぁ~」

みたいな、施主と左官職人との会話が聞こえてくるような気がします(*^▽^*)。

*写真はすべて1981年撮影。



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by yokohama80s | 2013-09-22 00:03 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)


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