週刊 横濱80’s

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2013年 03月 31日

北仲通3丁目 清月堂ベーカリー

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ビジネス街の昼食時と言うと、最近では通りに500円弁当屋のワゴンが並んだり、はたまた近所のコンビニが大賑わいになったり、というのが相場ですが、80年代前半には500円弁当屋のワゴンも無ければ、コンビニも無いし、牛丼屋も無いし、ホカ弁屋も無いしという時代(確かこれらがあちらこちらに出没し始めたのは83~85年ぐらいかと・・・・・・)。

それでは「この時代のサラリーマンは昼食をどうしていたのか?」と言うと、

パターン1
家から弁当持参(たいていローンを抱えているお父さんとベテランのOLさん)。

パターン2
近所のそば屋、中華メシ屋その他の飲食店へ出向くか出前を取る(食事の後はサテンで一服がお約束で、男性リマンの大部分はこのパターン。たまにお偉いさんがちょいといい店に連れていってオゴってくれる、ということもあった)。

パターン3
近所のパン屋などで調達する(OLや金欠状態に陥った独身の男性リマンに多いパターン)。


の3パターンがありました。

そうそうちなみにこの頃は、昼メシにハンバーガーやカップメンを食すという人はいませんでした。

というのも、当時、これらのモノは主食ではなくオヤツ、間食、お子ちゃまの食べ物という感覚でしたので、社会人になってそんなモノを食べていようものなら先輩、上司その他諸々の方々から「学生じゃないんだから社会人がそんなモン食うな!」と小一時間くらい説教された・・・・・・とかされなかったとか(笑)

ということで、当時、昼食時になると、近隣のオフィスビルから吐き出された人たちが一斉に向かう先のひとつに、写真の横浜銀行協会裏手の北仲通3丁目にあったパン屋さんがありました。

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聞いた話ではこのパン屋さんは、戦前からこの地で営業し、終戦後、米軍による接収が解除された直後にいち早く店を再開した、という歴史あるお店なのだそうです・・・・・・と言うと、元町あたりにありそうな小洒落たパン屋さんを想像しがちですが、この清月堂ベーカリーは、普通の調理パン(ヤキソバパンとかそういうヤツね)やサンドイッチなどを売っていた、まんま今のコンビニのようなお店だったと記憶しています。

現在、このビルは新しいビルに建て替えられ、清月堂ベーカリは新しいビルの隣で清月堂タバコ店と名を変えて営業を続けているそうです。

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*2枚とも1981年撮影






*4月のUP予定
4/07 山下臨港線
4/14 高島埠頭 表高島駅
4/21 海岸通1丁目 三菱倉庫京浜支店に号倉庫
4/28 海岸通2丁目 三菱倉庫横浜支店

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by yokohama80s | 2013-03-31 00:05 | 関内地区 | Comments(0)


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