週刊 横濱80’s

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2013年 04月 21日

海岸通1丁目・三菱倉庫横浜支店新港三号倉庫

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*1982年撮影
(三菱倉庫新港三号倉庫。ちなみにペンキで消されたマークは進駐軍によって描かれたエンジンリペアショップのマークと思われます)


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 新港埠頭から新港橋を渡った先、横浜税関と道路と山下臨港線の高架橋を挟んだ向かい側の運河沿い……今で言うとちょうど象の鼻パークがある所に壁にスリーダイヤモンドが描かれた三菱倉庫の古びたノコギリ屋根の倉庫が新港一号、二号、三号倉庫の三棟連なっていました。

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当時の大桟橋連絡橋から見た手前が三菱倉庫新港一号倉庫、その奥が同じく二号倉庫


例によって歴史的建築総目録データベースを見ると該当する倉庫は出ていませんが、昭和6年の「横浜税関陸上設備復旧図」には、すでに海側よりA号、B号、ニ号(カタカナの「に」)の三棟記載されていることや、当時の航空写真などにも写っていることから、この頃に建てられた倉庫であると考えて間違えないようです。

という建築マニア的な話は置いておくとして、ここで不思議なのは倉庫が同じ場所に三棟並んで建っているのに、その名称がA、BにCではなくてなぜかカタカナの「ニ」であること。

あれやこれやの古地図を見てみると、どうやら震災前のまだ新港埠頭が税関埠頭などと呼ばれていた時には、民間倉庫にはアルファベットを、税関の上屋にはレンガ倉庫は現在の1号が甲号、2号に乙号、木造倉庫にはイロハを割り振っていて、万国橋を渡った右側にあったものの震災後に無くなった倉庫がイ号上屋、赤レンガ1号倉庫の向かいにあり震災後に三菱ロ号倉庫になった倉庫がロ号上屋、震災後に6号と7号岸壁の間に建てられた上屋がハ号1号上屋とハ号2号上屋となっているので、その流れでニ号倉庫となったのだろうと思われますが、震災前の地図を見ると三菱ニ号倉庫があった場所には共同運輸倉庫と書かれているし、当時、西波止場にあった横浜税関横の現在、分庁舎があるあたりにもイロハやら1,2,3と番号がふられた倉庫があるし・・・・・・???

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*1987年撮影
(こちらは旧B号倉庫こと新港二号倉庫)


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*1987年撮影
(同上)


ちなみに現在この場所は、象の鼻パークというスッカラカンな場所になっています。





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by yokohama80s | 2013-04-21 00:04 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)


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