2013年 04月 07日

山下臨港線 

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*①1987年撮影(右側の線路が東西上屋へ向かう通称・税関線、左のトタン張りの建物が三菱ニ号倉庫)


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山下臨港線は、1958年(昭和33年)の山下埠頭の完成から遅れること7年の1965年(昭和40年)に、すったもんだの大騒ぎのすえに新港埠頭から山下埠頭までが開通した東海道本線貨物支線の一部で、現在は山下臨港プロムナードという遊歩道として山下公園までの高架橋が残されています。

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*2012年撮影


とは言うものの、実際には1912年(大正元年)に新港埠頭内の横浜港駅から、西波止場の旧横浜税関庁舎裏(震災前までは東西倉庫のあった場所に横浜税関庁舎があった→当時は日本大通のドンヅキ真正面に税関庁舎がデ~ンと鎮座していた)までの路線が作られ

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*②1987年撮影(現在の象の鼻パーク。高架線が山下臨港線で下の線路が税関線)


この時、人工島の新港埠頭から本土(?)側に線路を通す為に架けられた橋が↓

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*③1987年撮影


今年で満100歳になる新港橋梁の鉄橋。

新港橋梁は、現在は山下臨港線プロムナードの新港埠頭側の起点となる橋(正確には新港橋を渡った先にある象の鼻パークが起点ということになっていますが、こまかいコトは気にしない気にしないwww)で、

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*2012年撮影


この鉄橋が現存しているということは喜ばしいことなのですが、ペイント描きの「新港橋りょう」という文字も残して欲しかった、と思うのは私だけなのでしょうか?

まあそれはともかくとして、山下臨港線の高架橋は景観に配慮して意外に低い所を走っていて↓

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*④1987年撮影


大桟橋入り口では、なにげにウェルカムゲート風だったり↓

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*⑤1981年撮影


山下公園前あたりでは、公園通りと山下公園の間を高架橋が通っていたのですが、高架橋の両側は上手いこと街路樹に隠されてマリンタワーか、ニューグランドの上層階からでないと線路を見ることが出来ないようになっていました。

そして線路は山下埠頭へ左巻きして山下埠頭内の山下埠頭駅のヤード(操車場)に到着。

山下臨港線の終盤では、群馬へのビール用の麦芽輸送列車が有名でしたが、撮影当時の山下埠頭には葉たばこを扱う倉庫があり、JT(当時は日本専売公社)の宇都宮工場向けの葉たばこ輸送も貨車で行われていました。

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*⑥1982年撮影(現在、横浜航空貨物ターミナルが建っているあたりにあった操車場にて)


そしてこの通称・山下臨港線は、諸般の事情(?)により、1986年に廃止されるのですが、その3年後の1989年に死んだはずなのにラスト間際で生き返る安手のアクション映画のヒールの如く、日本丸~山下公園までが半年ちょっとのあいだ復活し、レトロ列車とやらが走っていたそうですが、不覚にもまったく記憶にございません(^^ゞ


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by yokohama80s | 2013-04-07 00:05 | 大桟橋・海岸通 | Comments(0)


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