2012年 08月 26日

山下町 下町あたり

「山下町」と言った時に、多くの人がイメージするのは山下公園だと思いますが、実は意外に広い町で、西を走る大桟橋通りと首都高、南は元町との境の堀川に囲まれた一帯になります。

実はこのあたりが、開港当時の外国人居留地にあたり、今で言うと本町通りあたりを境に海側を上町と言って西洋人が多く居住し商社、商店が軒を並べ、中華街側は下町と言って主に清国人が多く住んでいて後に中華街が形成されました。

そして終戦後から1960年(昭和35年)まで、上町あたりが米軍に接収され、接収解除後の再整備が遅れたこおかげで、このあたり一帯には震災後に再建された海外商社のビルや倉庫が80年代頃には数多く残っていました。

c0247059_0513737.jpg
*1981年(山下町215近辺の中華料理屋の裏)


c0247059_0515173.jpg
*1981年(山下町212近辺の倉庫の壁に残されていた米軍接収時代の名残)


c0247059_052652.jpg
*1982年(山下町95・旧外国人商社でこの時には某有名中華料理屋さんのお菓子工場だったかと・・・・・・)


c0247059_0522771.jpg
*1981年(山下町211・中華料理店の駐車場に建っていた廃屋)


c0247059_0524221.jpg
*1981年(山下町25近辺のタクシー会社の壁に干されていた料金収納袋)


山下町にあった、互楽荘アパート、同潤会アパートなどの集合住宅や、警友病院、シェル石油ビル、デスコビル、ストロングビルなどの戦前の海外商社ビルのすべてが今は無く、高層マンションなどに建て替えられてしまいました。


[PR]

by yokohama80s | 2012-08-26 00:07 | 山下町 | Comments(0)


<< 旧大宝堂時計店(今野アートサロン)      モーリス商会 >>